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高齢化社会における企業組織についての必然性

社会 ビジネス

実質的にはこれのつづき。
今日、(旧来的な)日本社会が滅んでいくんだなあということを実感した。 - よそ行きの妄想

上の記事のブコメに、

id:zu2『子供叱るな来た道じゃ。年寄り笑うな行く道じゃ。 / じゃあ、社会としてどうするかだよな。 そこが抜けるとただの年寄りいじめ。』
はてなブックマーク - zu2のブックマーク - 2008年8月26日

という実に的確なご指摘をいただいたこともあり、続編として考えてみた。もとエントリから文体が変わっているのは特に意味がない。気になったらすまんこ。

まず考えたいのは、老人⇒バカ⇒不必要なのか、という問題。これについては、あくまで主観の域をでないが、そういうわけでもないと思っている。ご老人の経験などは、価値観の固定化を招くというデメリットを差し引いてもなお、有効な場合は多い。そういう経験を組織の内部に取り込む意義は少なからずあろう。また、ご老人は社会からの信頼も厚い。これはまさに、「彼らがこれまで大きなポカをしないことによって築きあげてきたもの」であって、逆にいえばある程度の年月をかけることなしには得られないものである。社会からの信頼が不必要という企業はなかろう。稀にはあるのかな?

そう考えるとやはり問題は、組織の中に老人がいることではなくて、老人の割合が高まってしまうこと、のように思う。組織は、おそらく年齢と人数で分布を書いた場合に、綺麗なピラミッド型になることが望ましいのではないか。


もしそうであれば、とるべき方法は2つだろう。

  • ピラミッドの上部をちっちゃくする。

これは単に、能力主義の名のもとに、老人を間引く(リストラする)ということを意味する。企業の人事部各位が倫理観を投げ捨てて鬼に徹すれば、たいして難しいことではないだろう。
ただこの方法論は、非常にわかりやすい課題を内包する。即ち、全部の会社がそれをやったら、とにかく老人があぶれる、ということ。MMR風にいえば、街は老人だらけになってしまうだろう。おそらくこういった方向性が明確になった段階で社会として、又は国家として(老人は数も多いし投票率も高いので、政治に対する影響力が相対的に強い)対策をとらざるを得なくなるだろう。
その対策が、「人口島をつくって、そこを老人のパラダイスにします。その島は完全な循環経済で持続可能です。しかも何人乗っても大丈夫です。」みたいなイナバの物置さながらにハッピーなものであれば言うことはないが、例えば「企業は何割以上老人を雇え」とか短絡的なものだったら、なんとゆうか「振り出しに戻る」を意味する。しかもどう考えても後者のほうが確率が高い。

  • ピラミッド全体をでっかくする。

ピラミッドの上部を固定して、それに見合ったサイズのピラミッドをデザインしなおす。どれだけ老人が増えようと、それにともなって下部を拡大させることができれば問題はないはずだ。しかしこれについても、上記と同種の課題が提示されよう。そもそもその「ピラミッドの下部の人数」が社会全体で見て相対的に減っていることから生じた問題なのだから、そこを増やせと言うのは現実を無視した循環参照的な理想論だ、と。産めよ増やせよ竹中平蔵がマリーアントワネットを気取ったところで何の効果もないことは既に明らかになっている。

しかしそのそもそもの問題というのは、現状に限って言えば日本社会の問題で、グローバル社会全体の問題ではない。なにをいいたいか。移民政策とは言わない。日本の空気は基本的に外人を受け入れない。

ではなにか。引っ張りすぎか。それは海外企業の子会社化ではないか。IT技術の発展により、同じ会社の人は同じ国にいなくてはならないということはなくなった。ピラミッドの上部が肥大化してしまった日本の会社が、人口が急激に増えているような国の会社をマージすることで、連結ベースでみたピラミッドが適正化される。だめ人間が合体して一人のタフガイに生まれ変わる感覚だ。ちなみに、中国は文化的な摩擦を考えるとあまりうまくいきそうなイメージがないので、インドやブラジルのほうがいいと思う。

  • 結論。

高齢化が進んだ日本社会の企業は、グローバル化に「頼らざるを得ない」のではないか。そしてこのことは、「これからの企業における成功の鍵はIT化とグローバル化だ」という既に語りつくされすぎて真っ黒になって、異臭すらはなっているフレーズに落としこめるところもポイントだ。要は植民地政策でしょ、という見方ができるのも実に従来どおりだ。

また、世界全体が高齢化した場合は、今度は宇宙人に頼らないとならないというファンタジーな話になるが、その頃には私は死んでいるから気にしない。