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投資銀行とは何だったのか

 巨大投資銀行(上) (角川文庫)

ここ数ヶ月で、ベア・スターンズ、及びリーマン・ブラザーズが破綻し、メリルリンチはバンカメに買収され、モルスタとゴールドマンは商業銀行への転向を表明し、米国の5大投資銀行がすっかりなくなってしまった件で、報道等でよく「投資銀行」という言葉を耳にすると思うのだが、はてな辺りのド素人どもが果たして「投資銀行」がなんなのか理解できているのだろうかと心配で夜も眠れない私*1は、解説を試みることにした。暇だから。

業務の内容から見る投資銀行

とりあえず、Wikipediaから引用する。

投資銀行(とうしぎんこう)とは、顧客企業が有価証券の発行による資本市場からの資金調達をサポートし、合併や買収などの財務戦略でのアドバイスを行う金融機関である。個人向け業務は行わない。

これが具体的な業務内容。Wikipediaにも書いてあるが、日本語で言うと要は「証券会社の法人部門」である。とりあえずこれだけ知っておけば恥はかかない。「投資銀行」という名前にもかかわらず、投資もしなければ、お金を預かることもない*2。ただアドバイスをしたり、サポートをしたり、というのが投資銀行業務だ。なんとも分かりづらい名称だ。

歴史から見る投資銀行

投資銀行に「投資銀行」という一見不似合いな名称がついたことの理由のひとつは、過去の歴史から見つけることができる。日本で単に「銀行」といった場合に想起されるイメージの対象は、グローバルにはcommercial bank(商業銀行)と言うが、商業銀行と投資銀行はもともとひとつだった。昔は銀行が証券会社のようなこともやっていた、と言うのが近いだろうか。その後独占禁止法みたいなもの*3で、銀行が預金まわりと株式まわりに分断されることになるのだが、そのときに分断されたうちの比較的「投資」っぽい方に「投資銀行」という名前がついたわけだ。

投資銀行と商業銀行の類似性

しかしながら、銀行から派生した業態だからと言って、「銀行」と名づける必然性はない。「投資銀行」にもなにかしら「銀行」っぽさがあるはず、即ち投資銀行と商業銀行に類似性があるではないかと考えるのは自然なことだろう。

  • 投資銀行の金融仲介  そのひとつが資金の融通、略して金融だ。カネを、余ってるところから足りないところへ流すと言う機能である。例えばあなたが銀行にお金を預けると、そのカネは銀行を通じて資金繰りに困っている企業や、若しくは日本で一番カネに困っている日本政府などに貸し出される。あなたが余したカネがカネを不足させているところに流れていくわけだ。投資銀行についても、これと同じことがいえる。例えば企業が資金調達のために増資をするとしよう。投資銀行のやることは、その企業が発行する株を購入する人*4を探して、説得して、それを買うように仕向けるということだ。この結果、株を購入した投資家の余剰なカネは、企業の運転資金となる。銀行とまったく同じだ。
    • ちなみに、昔の投資銀行は上の例で言う企業が発行する株を、一度自社で購入してからその売却先を探すということをしていたが、最近はそもそもまったく購入しない(ブローカレッジ業務)か、若しくは売却先がほぼ確定してから購入する(引受業務)ケースが多い。M&A業務というのは、ブローカレッジ業務で、扱う株の量(シェア)が多いと整理できる。
  • 投資銀行信用創造  もうひとつが「信用創造」である。銀行の信用創造については、中学校の公民の時間に習ったからみんなマスターしてると思うが、一応貼っておく。つ信用創造 - Wikipedia 要は、銀行は例えば1,000円のお金を預かったときに、2,000円貸すことができるということだ。なぜなら、預かった1,000円を他の人に貸すと、その1,000円が巡りめぐってまた銀行に預けられて、その1,000円をまた貸すことができるからだ。この、もともとあった1,000円と流通資金の総量2,000円の差額のことを、信用が創造されたといい、それに際しての銀行の役割を信用創造と呼ぶわけだ。投資銀行信用創造はもっと露骨だ。企業が発行する株券という謎の紙切れに、適当な値段をつけて投資家に売るわけだから。ただの紙切れにときに数千億という価値がつく裏には、大抵投資銀行の「長年の経験」や「独自のノウハウ」に基づく企業価値評価の手法がある。これを信用創造と呼ばずに何と呼ぼうか。

たいていこの2つの機能が備わっていたら、銀行と読んで差し支えないだろう。例えば消費者金融は、確かにカネを貸すことで資金を融通しているが、銀行から安い金利でカネを借りてきて、それを高い金利で貸しているだけで、信用を補完してはいるが創造していない。だから彼らをだれも銀行とは呼ばない。むしろノンバンクと呼ぶ。

投資銀行と商業銀行の違い

では逆に、投資銀行と商業銀行の違いとはなにか。

  • 金融仲介における違い  銀行が、預かったカネを元手に自己の判断に基づいて投融資を決定する、即ち投資家の判断を代替するのに対して、投資銀行の業務はあくまでアドバイスやサポートであって、投融資の判断自体を代替することはない。投資家の目線から見ると、銀行を通じようが投資銀行を通じようが結果的に資金が不足している先に投融資が行われることにかわりはないが、銀行を通じた場合投資家は投融資に対する判断をまったく行う必要はないのに対して、投資銀行を通じた場合はその判断を自ら行う。まあ、ひとことで言うと、間接金融と直接金融の違いだ。
  • また、投融資の方法にも違いがあり、投資銀行はよりリスクの高い方法で、つまり期待リターンの高い方法での金融仲介を手がける。一般に会社の資金調達手法としては、借入や新株発行などがある。借り入れは担保付きと無担保に分けると、資金の出してからすると担保付の方が回収の可能性が高い。株は一番低い。つまり例えば会社が破産した場合は、借り入れの返済が終わったあとに株主に配当する。そして最近は借入と株式のあいのこのようなメザニンと呼ばれる資金調達形態もある。劣後債転換社債など、リスクがちょうど借入と株式の間くらいに位置づけられるものだ。投資銀行が担当するのは株やメザニンというハイリスク商品か、それらをぐちゃぐちゃに混ぜたようなストラクチャーものだ。つまり利ざやの高いところだ。
  • 信用創造における違い  上で書いた銀行の信用創造のしくみを思い返して欲しい。信用が創造されるに際して、その負担を負っているのは誰か。銀行である。銀行が借りての与信を精査し、信用を見出し、付与する。貸したカネが返ってこなくて損をするのは銀行だ。つまり、間接金融において、金融機関は直接的に信用を創造する。一方投資銀行の場合はどうか。当初より何度か言っているように、投資銀行とは本来アドバイザリーやサポートを行うもので、直接投資したり融資したりするものではない。投資銀行の仲介で投資が実行なされたとしても、それが返って来なかった場合の損は全部投資家の負担だ。投資銀行は巨額の手数料を取るものの、それを返金するということはまずない。あくまでも仲介の手数料なのだ。つまり、投資銀行は直接金融において間接的に信用の創造を担うといえるだろう。

この辺はたぶん少しわかりづらいので、次は今回のサブプライム危機を例にとって、説明してみたく。

投資銀行は何をしたのか(具体論)

サブプライムローンに関して、まず登場人物としては、資金調達者であるサブプライム層、資金の出し手は世界中の投資家、お膳立ては投資銀行である。米国のサブプライム層は予てより極度の貧困の中にあり、持ち家とはまさに実現しないアメリカンドリームだった。その夢を現実のものにしたのが、「サブプライムローン」という金融商品だった。この金融商品が実現した背景のうち最大のものは、世界中で行われた金融緩和によって生じた過剰流動性だ。金利が極端に下がり調達が容易になった資金は行き場を探していた。その槍玉にあがったのが、消費大国アメリカの住宅ローンという巨大マーケットだったというわけだ。しかし普通に考えて、アメリカの低所得者の年収は2-300万円とかがザラだから、住宅を購入してローンを完済できる道理はない。住宅購入に足る信用がない。この状況を補完する信用がどこからでてきたか。

  • 当然ひとつは土地の値上がりだ。日本でも同じことがあったが、土地は値下がりしないものだという根拠不明の思い込みがあったのかもしれない。土地の値段さえ上がっていれば、その土地を担保に何度でもリファイナンスができることになるから、貸し倒れというものは発生し得ない。ただこれだけであればただの土地バブル崩壊なのであって、こんなに世界中で大騒ぎする話にはならない。
  • 次が格付け。名だたる格付機関がサブプライムローン証券化商品に対して臆面もなくAAAなどの高格付けを与えていた。但し、これは別に詐欺をしていたわけではない。あくまでAAAを理論的に導いたのだ。まず、いくつかのサブプライムローンを空会社(SPC*5)に突っ込む。そしてそのSPCが株や債権を発行することを証券化というわけだが、その際に上で書いたように、返済順位(即ちリスク)に応じてローンや債券や株式という具合に分ける。当然返済順位の高いローンは相対的にリスクが低くなる。次はこのローンの部分だけを突っ込んだSPCをつくり、同じようにローンの部分だけを抽出する。これを繰り返すと不思議なことに理論的に非常に貸し倒れリスクが低い、担保付の高利回り証券が完成する。構造上リスクが低く担保まで付いているのだから格付け機関も格付けをせざるを得ないという寸法だ。
  • ちなみに、上のスキームを見て間違いなく明らかになる疑問は、ローンの部分が低リスクで販売できるのはわかったが、株式の部分(残りかす)はどうなってしまうのということだろう。これは投資銀行が抱えていたのだ。そんなバカな賭けをなぜするのかとお思いだろうが、彼らはそもそもローンを証券化して投資化に販売するに際して巨額の手数料収入を得ている。あくまでそれがメインだったのだ。ところが、土地が上がり続けることで非常に順調な利回りをたたき出す同商品を見て、ついつい借金してまで(レバレッジをかけて)資産残高を膨らませてしまったのが、なんとかブラザーズという先日破綻した投資銀行だろう。いずれにしても本来的な彼らのビジネスは証券化商品の組成であったり、その販売手数料などだ。
  • 3つめ。流動性。そうして完成した「サブプライムローン」という商品は、一度買ったら満期までじっくりという話でもなかった。普通の会社の株のようにセカンダリーの取引マーケットが機能していたのだ。当然そのセカンダリーの取引でも投資銀行はブローカーとして手数料を稼ぐわけだ。そして、投資家にとってもこれは非常にありがたいことで、万が一売りたくなったらいつでも現金化できるという安心感はカネを出しても買いたいものだ。これを流動性プレミアムという。

大体この3つをうまく組み合わせることで、何百兆円という信用が創造された。どれかだけでは、さすがにそこまでは行かない。

投資銀行とは何だったのか(抽象論)

ふう。ようやく本題。
最初から何度もいっているとおり、投資銀行という仕事はアドバイスやサポートをするわけであって、それが本質だ。つまりブローカー、またはつなぎやであると言える。ブローカーの利益というのは、市場が効率化すればするほど下がるものだ。普通の株取引の業者どもを見ればすぐにわかることで、規制の緩和と手数料の自由化によって、競争は激化し、手数料は縮小均衡し、ブローカーの利ざやは限りなくゼロに近づいていく運命にある。直接金融の直接さを突き詰めると仲介の業者は不要になるという至極当たり前の話だ。

投資銀行も本質的にはおそらくこれとまったく同じで、例えば企業の新株発行にしても、市場価格が完全に効率的なのであれば、投資銀行が出しゃばってバリュエーションだなんだと騒ぎ立てる必要もないし、世界中を回って投資家に小難しい話を説得してまわる必要もない。そういった仕事が存在するのは、情報が非対称性で市場が完全に効率ではないからに他ならない。しかし現実の世の中は情報通信技術の発達もあり、情報の非対称性はますます解消され、規制の緩和もあって市場は効率化を続けている。

そういったなかで投資銀行が巨額の利益を上げられていたのは何故か。詐欺ではない。それはひとことで言えばイノベーションということになる。つまり、次々に新しいマーケットを創造し、新しい非対称を創造して行ったのだ。新しいマーケットには不確実性がつき物で、不確実性にともなうプレミアムが投資銀行の手数料になる。この新しい市場とそれに伴う不確実性のプレミアムこそが投資銀行が創造していた信用(=投資先=需要)だったのかもしれない。そして新しい金融手法の発達は経済の血の巡りをよくし、活性化させる。こうして世界的な好況は支えられていたわけだ。

投資銀行ニクソンショック以降、株式市場、為替市場、債券市場、証券化商品など、さまざまなマーケットをけん引し、需要を創造してきた。今回投資銀行がなくなったということは、その流れが終わったということだ。低付加価値のブローカーによる手数料競争と間接金融だけが残り、マーケットは縮小するだろう。

アメリカの金融業界は、低付加価値のブローカーを野村や三菱あたりにつかませて、自分たちはさっさと次のステージに行こうとしている。野村あたりはM&A仲介などの裏方はいつの時代も必要だ、などとわかったようなコメントを出していたが、彼らは国内市場を独占しているからこそ、効率市場におけるブローカー業の利ざや縮小の必然性を体得し得ないのだろう。グローバルマーケットでもうまいこと寡占の地位を得ることができればよろしいが、世の中そんなにあまくはないと思っている。

一方で、次のステージの金融業の雛形は既にできていて、それは株式など高利回り商品における間接金融で、直接的な信用創造の担い手、即ち投資ファンドだろう。KKRやサーベラスやブラックストーンなどの巨大ファンドもそうだし、GSの銀行免許取得は新しい間接金融に関するデザインを感じざるを得ない。

*1:ここまでが主語

*2:現代の投資銀行は総合金融化してきており、投資もするし、お金を預かったりもする。ただこれは、「投資銀行の投資事業」や「投資銀行の商業銀行事業」といったふうに呼ばれる。

*3:グラス・スティーガル法のこと。

*4:法人を含む。

*5:Special Purpose Company