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科学とニセ科学の違いってそんなに重要か?

いつもどおりはてなブックマークで放言を楽しんでいたらなんか絡まれた。

私が、

あんま関係ないけど、ニセ科学のなにがいけないのかさっぱりわからん。本人が信じてればいいんじゃないのか。
はてなブックマーク - 似非科学対策としての「なんちゃって理解」を実現できないか - 狐の王国

とコメントしたところ、id:ublftboさんという人から、

[ニセ科学][科学]>id:chnpkさん ちゃんと考えた上で、分からんと仰っているんですか? 当然、これだけ問題視している人が沢山いる対象についてそう仰るのだから、なぜ「さっぱりわからん」のか、ちゃんと説明出来ますよね。
はてなブックマーク - はてなブックマーク - ブックマークで妄想をよそ行きに。 / 2008年11月14日

という指摘を受けたのだ。


問題視している人が沢山いることと私の説明責任の関係はいまいち不明だが、とりあえずそれはおいといて上のコメントについて説明すると、私が「わからん」のは、突き詰めると科学とニセ科学と宗教の違いだ。3つとも同じに見える。要は人間が信じるか信じないかというだけでしょという点において。宗教も科学も、人間にあたかも世の中に客観的な真理があるかのように思わせる手段に過ぎない。

ただ残念なことに、どうやらこれ以上突っ込んだ説明は二日酔いの頭では無理のようなので、Wikipediaにあったそれっぽい部分を貼って一旦終わりにする。下に書いてある通り、科学は科学的ではない。私の認識では巷に溢れかえる擬似科学批判は単なる科学信仰に過ぎない。疑似科学批判に余念がない人は、世の中の人が全員科学を信仰しているとでも思ってやしないだろうか。その<普遍性>も「わからん」。と言っておく。

数世紀におよぶ議論は混沌としていたが、20世紀前半の科学哲学者カール・ポパー反証可能性の概念を提示し、それを条件とすることで理論が科学(彼が考える狭義の科学)に属するかそうでないかを線引きできることを示してみせた。混沌とした議論に悩まされ続けていた科学者らの中には反証可能性の概念や反証主義をひとつの解決策として歓迎する人が多かった。現在でも、これを科学と擬似科学とを区分する基準として採用する人は多い[6][7]。


ただしこうしたポパーの科学観に対しては1960年代から批判が加えられるようになった。その代表は科学史家トーマス・クーンのパラダイム論である。パラダイム論によれば、観察は、データを受動的に知覚するだけの行為ではなく、パラダイムすなわち特定の見方・考え方に基づいて事象を能動的に意味付ける行為である。従って、パラダイムそのものは個別の観察によって反証されるのではなく、別のパラダイムの登場によって「パラダイムシフト」の形で覆される。


また、科学に属する諸学問は科学であるが、科学そのものは科学的ではなく一種の思想であるとする意見もある。分類可能性と予測可能性は厳格なカオスを除いては一体不可分であり、もとより科学は過去の知見を元に未来を予測する性向を強く持つ(自然の斉一性)。このため「科学的」でさえあれば未来の予測は正しいとの確信を招きがちである。このような確信は、論理の前提とすべき命題の不知、確率的現象やカオスの存在によりしばしば裏切られる。
科学 - Wikipedia

もし今後上記について質問やコメントがあったら、追記で対応したいと思う。よろしく。


■追記1
一応言っておくけど、科学批判じゃないよ。疑似科学批判の批判だから、科学的な学問の有用性を指摘するのはやめてね。


■追記2
詐欺とかと関連づけて考えちゃう人の気持ちはわからんでもないけど、詐欺は疑似科学の結果じゃないでしょ。逆。詐欺ありき。疑似科学に罪はないだろ別に。


■追記3(11/17 am2:00)
正直、二日酔いの放言とまで明記したこんな短いいい加減なエントリーに、ここまでの反応があるとは思いもよらなかった。実にお恥ずかしい限りである。

ただ、こんなたった数行の意味不明な主張でも、みなさん思い思いのことを読み取っていただいたようで、実にいろいろとご教示を頂戴している(コメ・トラバともに半分くらいは読んだ)。その後で何を書いても後だしジャンケンのようで気が進まないのだが、少しだけ上の記述の説明をしようとは思っている。

ただ、別に酔いが覚めたところで私には難しい話であることにかわりはなく、さっきからせっせと書いてるもののあまりまとまらない。我ながらダサいが、公開は明日にでも。

ちなみに、追記ではなく別のエントリーにするつもり。


■追記4 (11/17 pm13:00)
ということで、以下に補足を書いた。
宗教と科学と疑似科学とニセ科学について - よそ行きの妄想
上の本文を読んで気に入らなかった人は、このエントリーに罵倒コメを残す前に少なくともちらりとは見て欲しい。


■追記5(11/18)
こっちにも書いた。
ソーシャルキャピタルを構築する経済的営みとしての擬似科学批判 - よそ行きの妄想