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少子化対策なんか無理というところがスタート地点では(追記あり

少子化問題に取り組む「ゼロから考える少子化対策プロジェクトチーム(PT)」(主宰・小渕優子少子化対策担当相)の第2回会合が24日、内閣府で開かれたらしい。

以下は、国内・海外の若者のライフスタイルに詳しい宮本みち子放送大学教授からの同会合における提言だそうだ。

(1)若年ワーキングプアの防止=いかなる雇用状態になっても最低限の生活は守られる所得水準や制度の構築(2)職業訓練を受ける権利の確立=失業者中心ではなく、就学と就職の間を取り持つような普遍的な施策(3)共働きが可能な環境条件の整備=だれもがたやすく妊娠・出産・育児を乗り切れるような施策や社会的認知(4)若者総合政策=ピンポイント支援ではなく、ライフステージの中で長く広く安定したサポート−−が必要だとした。

社会 - 毎日jp(毎日新聞)

これらは一見もっともであるが、どうも違和感を感じるのは、諸々の不安さえ取り除けば人は子作り・育児に励むはずだという前提があるように思える点である。この前提はあっているのだろうか。動物的本能とか常識的にとかで思考停止していい問題でもないだろう。

そもそも動物的本能だと言うなら、多少の不安があろうが子供を生んでいるはずである。百歩譲って不安がなくなれば動物的本能が前面に出てきて、と考えるとしても、そもそも一切の不安がない状態など想像すらできない。昔からヒトはある程度の不安を押しのけて子供を産んできたはずだ。我々の本能は、「ある程度の不安までなら凌駕できる本能」だとでも言うのだろうか。そんな曖昧模糊とした前提を置くわけにはいくまい。


少し前に、結婚を推奨する社会は非婚に対する抑圧だというデモが京都あたりであったように記憶している。過剰に一般化するのは危険かもしれないが、もしかしてヒトは種の保存のような本能よりも、自らのアイデンティティー構築やイデオロギー、思想、信条を優先させる生き物なのではないだろうか。

つまり、仕事はバリバリこなしてオフは悠々自適に趣味生活みたいなライフスタイルに「自分」を見出す女性は、子供を欲しいと思う気持ちなんかはもう「我慢」してしまうのではないか。逆に、最低限の労働で最低限の生活というライフスタイルにも育児はまったく適合しない。

我々の社会は、以前と比べれば格段に、<個人に対して特定の環境への適応を強要しない社会>になっていると思う。文化の成熟とはおそらくそういうことで、ヒトの側が敢えて適応しなくてもよい環境を配備することこそが文化の究極的なありかたであるはずだ。そう考えれば、我々が「産めよ増やせよ」を是とする文化から開放されて、気ままに自分を追及できるようになれば、ライフスタイルとして出産や子育てを選択するヒトが減るということは極めて当然のことのように思う。

また、少子化対策とは別に、高齢化対策として、官民問わず介護施設の充実などが進められているように認識しているが、そうした老後の不安が解消されれば、ますます「自分」のために子供を「我慢」することは容易になるのではないか。同様に、おそらくこうした諸々の将来不安を取り除く方向の環境整備は、結局は個人の意思決定の自由度を増すものなのであって、結果として特定の選択肢に対るインセンティブにはならない気がする。


もし結婚や出産の対抗が自身のライフスタイルなのであれば、結婚や出産はもともと優先順位で負けているのだから、いくら不安を取り除こうが、問題の解決にはつながらないだろう。ライフスタイルを優先する行為にペナルティを与えるか、結婚や出産にインセンティブを与えるしかない。前者はもちろん無理だし、自分のライフスタイルを犠牲にするだけのインセンティブというのもまず無理な話である。

何が言いたいかというと、ヒトの結婚や出産をコントロールするというのは、土台無理があるのではないかということ。つまり、ヒトという生き物はある程度文化的に成熟すると出産を控えるものなのだと開き直ることこそがスタート地点なのではないだろうか。

であれば、もしどうしても人口を増やしたいなら日本国民の文化的な成熟度を下げるか、文化的に成熟してないヒトを他所から連れてくるしかないということになる。

追記

当記事のブックマークページに寄せられたコメントを拝見しており、確かにごもっともと思った。類似のコメントはいくつか頂戴しているが、典型的なものは以下の2つ。

kanchii 少子化 高福祉国と言われるスウェーデンの出生率が近年上昇し続けてるのはなぜということに。参考:http://tinyurl.com/bwfch5 http://tinyurl.com/bs54ft 子育て支援は効果があるんじゃないかと思いますが。

inumash 政治, 社会 海外の事例を参照した場合、適切な出産・育児支援出生率を上げる、という結論に至るのは至極当然だと思うけど。そもそも『仕事はバリバリこなしてオフは〜』なんてステレオタイプに合致する女性はごくわずか。

なるほど。他所ではこつこつ対策をしていて、しかも成果を挙げていると。何故真似しない理由があるのかと。そらそうだ。ちょっと浅はかでした。


で、上の記事を無理やり正当化しようという気もないのだが、少し追加で考えたことを書いておく。


人間を以下の3つのタイプにわけるとする。

  1. 出産や育児を市民の義務と感じており使命感に燃えているヒトや、なんとしても子供が欲しいと考えているヒトなど、人生における出産・育児の優先順位が相対的に高い層
  2. 結婚相手の考え方によるとか、出来たら出来たでそのとき考えよう的なヒトなど、人生における出産・育児の優先順位に特にこだわりがない層
  3. 自分の人生にはやりたいことが山のようにあるから子供なんて産んだり育ててる暇はないぜ!みたいなヒトや、子供なんて絶対つくってやるもんか日本滅べ!みたいなヒトなど、人生における出産・育児の優先順位が相対的に低いか、または子供を産まないことの優先順位が高い層

1のヒトは多少貧しかろうが将来に不安があろうが子供をつくる。逆に3のヒトは多少出産や育児にインセンティブがついたところで自分の人生を変える様な真似はしない。

私が当初思ったのは、1のヒトが減って3のヒトが増えているのではということで、ブコメなんかで指摘されているのはそうはいっても2のヒトが一定数いるから必要な支援や保障などの軽度のインセンティブを整備することで、効果はあるでしょということのような気がする。つまり、共存可能であると。笑。

ただ、基本的にはやはり1のヒトが2、そして3に流れていく、不可逆的な流れはあるように思う。そうであれば、2のヒトを対象にした対策というのは、どうしても応急処置的な位置づけになるのではないだろうか。

あ、でも、2への対策を充実させることで、例えば他国の1のヒトの需要を取り込むことも出来そうだから、移民政策にも直接つながるのかもな、とも思った。