米国が開き直るとき

これはおそろしい。

孫引きにつき大変恐縮だけれども。

クルーグマン教授の見解だが、「China and the liquidity trap」で興味深い指摘をしている。これはニューヨークタイムズの経済コラムニスト、David Leonhard氏の米中関係の記事(の一文)に反論したもの。同氏はこの中で「中国がこれからはドル(米債)を買わないと決めたら、金利が急騰して米経済は大変なことになる」と憂慮するが、クルーグマン教授は「違う」と反論している。その内容を超簡単にまとめると以下の通り。
①米国は金利がほぼゼロでも貯蓄が増えている、つまり“流動性の罠”にはまっている。
②中国のドル購入が減るとドル安になり、それは米国の輸出をサポートするので良いことである。
③むしろ中国がドルを買うのは、米国の立場からはピュアに悪いことである。

ドル安を懸念する日中外準大国のアンビバレント=クルーグマン教授の一理ある指摘 : 本石町日記

「中国のドル購入が減るとドル安になり、それは米国の輸出をサポートするので良いことである」
「ドル安になり、それは米国の輸出をサポートするので良いことである」
「ドル安」は「良いことである」
・・・ふむ。


現在の米国政府は、「強いドルは国益」という煽り文句を、それこそ念仏のように唱え続けている。ドルが世界の基軸通貨であり、信頼される通貨であることこそが、米国の資本還流スキームにとって肝心要だからだ。これについては以前書いた。

米国の経常収支及び財政収支における赤字、いわゆる双子の赤字が深刻なのはいまや言うまでもないことで、それを理由にして米国経済の危うさを指摘する声は昔から小さくなかった。では何故そのような巨額の赤字のなか、現状見られるような世界随一の栄華を誇ってきたのか。普通に考えればあれだけの経常赤字が続けば資本の国外流出によって通貨は暴落の一途を辿り、あれだけの財政赤字が続けば財政が破綻していて然るべきである。この大赤字を穴埋めしているのが、諸外国から米国への投資なのだ。国際的な財やサービスの取引における収支では大赤字であっても、世界の投資家が米国内の資産やドルに対して投資をすることで、バランスが保たれていた。既発行の米国債は半分以上が日本や中国をはじめとした諸外国に保有されているし、民間ベースで見ても米国の証券市場には世界中から資金が流入している。そしてその構図は、紛れもなく、上述したミクロの優位性に基づく国際競争力に立脚していた。ひとことで言うと、ライブドア時価総額の高騰によって業績の低迷をカバーしていたように、米国はミクロの優位性によってマクロの脆弱性をカバーしていたということになる。

米国経済終焉に向けての勘所 - よそ行きの妄想

もし今後米国が上記にあるクルーグマン氏の発言に倣って、突如「弱いドルは国益」と言い出したら、これは見まごう事なき180度の方針転換である。世界のジャイアンたる米国様のご方針は、日本くんだりとは異なり、為替マーケットに最大級の影響を与えるものなので、もし近日中にそんな日が来たらどんな相場になるのかと恐ろしくなったわけである。


で、それがないとも言い切れないのが、自国通貨を低めに誘導して輸出をサポートするという方針で不景気を乗り切った成功事例があるからだ。他でもない我が国日本であるが。日本が、90年代バブル崩壊後のスーパー不景気デフレ・ミックスを何とか凌いだのは、やはり度重なる円売り介入などによる人為的な円安維持とそれに伴う輸出企業の好業績に支えられた部分が大きいことは言うまでもない。であれば、もし米国が日本の事例から何かを学ぼうと思えば思うほど、今回の不況の出口として「ドル安」に思い至る可能性は高い。

ところが、この話が恐ろしいのは、通貨の価値とは常に相対的なものでしかありえないから、ドルが下がると言うことは同時にどこかの通貨が上がることを意味する点にある。そして通貨が上がった国の対外収支は、間違いなく悪化する。つまり、これは一種の近隣窮乏化政策なわけである。

この通貨高のしわ寄せが、うまく新興国に向かえばよろしい。新興国は投資需要が旺盛だから、多少対外収支が悪化しても従前の米国のように資本で回収できる。しかしながら、もし突然米国が方針を転換したら市場はパニックになるから、キャッシュは安全資産に向かうことになる。言うまでもないが新興国資産はまったく安全性に富まないので、そうそううまく行かないことは明らかである。

どうなるのかは見当もつかないが、万が一対外債務が少なく、ついこないだムーディーズの格付けもあがった日本にキャッシュが押し寄せたら、これは相当円高に振れることになる。ただでさえ虫の息の本邦輸出企業勢が、凡そ死に絶えるであろうことは言うまでもない。


ということなので、もし米国の政策がいずれ「弱いドル」に帰結するのだとしても、現在の不況が幾分落ち着き、マーケットが楽観的になった頃合をみはからったうえで、かつ徐々に進めていただくことが、マーケットの安定及び我が国経済の安定にとっても重要となるわけであるが、他方「現在の不況が幾分落ち着」かせるためにこそ「弱いドル」が必要という説もあるわけなので、なかなか結構なジレンマであるような気がする。

これはもう完全な嵌りパターンなので、きっと意思決定は開き直りと共にしかあり得ないような予感がするから、個人的には、いつ訪れるかまったくわからないそのタイミングに備え、ドル売りのポジションを蓄えておきたいわけである。

追記

当記事に寄せられたブックマークコメントより。

steam_heart クルーグマンの話を使うなら、クルーグマンが、「国間の競争力とかどーでもいいから」「(アメリカの)内需でかいから」という感じの人なのは読んでおいた方がいいんでないかい?

はてなブックマーク - 米国が開き直るとき - よそ行きの妄想

なんだろう、よく意味がわからないのだけど、クルーグマンのポジショントークの世迷言に釣られるな!ということ?

クルーグマンの発言がいかにポジショントークだろうが、実際に米国が「弱いドル」政策に舵を切る可能性はやはりあって、それは

  • 流動性の罠から抜け出す方法論として、通貨安があり得るのは確かであり、
  • 現に日本は通貨安で不況を脱している

からだ。

現に米国では、金利が極限まで下げられ、量的緩和及び非伝統的金融緩和にその政策が及んでもなお、消費が回復していないわけである。こうなってくるととるべき手段は限られてくるわけで、その限られた数少ない手段のひとつが通貨安政策だろうという話かと。溺れるものは藁をもつかむのである。

過去にもあったしね(理由は違うけど)。

クリントン大統領の経済コンサルタントは日本政府による市場開放の遅さに激怒し、1994年2月に円高ドル安誘導を行った。これは自動車・電機・通信業界にはおなじみの発想で、日本製品の輸入価格をつり上げることを目的としていた。

円高戦略は、たとえ一時的にでもせよドル相場を下落させるものである。自国通貨の価値の低落は国際金融市場に(100年前のロンドン市場と同様1994 年のニューヨーク市場にも)歓迎されるものではない。ドル安戦略はウォールストリートには寝耳に水だった。逆の読みをしていた証券会社は大損失をこうむり、先物買いの債券の売りに走った。アジア諸国の中央銀行がドル相場を支えに出ているとか、OPEC諸国が石油価格のドル表示をやめようとしているとかの憶測が飛びかっていたし、ヨーロッパ諸国は統一通貨の実現に近づこうとしていた。さらに、台所事情のためにアメリカへの投資の一部を引き上げていた日本は、ドル安による投資引き上げをほのめかした。

ディプロ9608 - 選挙とカネ - クリントン大統領の軍資金

あのときは結局80円割れて、みんなで慌てて為替介入したのではなかったかな。