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政権担当能力ってもうどうでもいいんじゃないか

政治

どうやら8月に選挙があるらしいということで。

自民党の先生方がアピールされるのはきっと、政権与党としての確固たる実績であって、政権担当能力の有無だろう。これはきっと論点としてはなかなか当を得ていて、自民党にはほとほと嫌気がさしているという人であってさえも、民主党政権担当能力には一抹の不安を覚えていることと思う。

ただなんとなく思ったのは、そもそも次の政権に政権担当能力なるものを期待する必要があるのだろうかという。理由は、次の政権に期待されるのは自らを崩壊させ、政治権力を極小化させることに他ならないのではないかと思うから。


思うに現行の国家組織というものは、社会が複雑化するに伴って中途半端に複雑化しており、いまや誰も意味のわかっていないような仕組みを、ただ維持するだけのために、必要以上に高いコストを払って運営しているような印象がある。幼稚園と保育園の所轄官庁が違って、いったい誰が得をするのか。

きっと人間と一緒で会社や国家組織にも寿命があって、ある程度以上の年月が経過すると組織の肥大家と硬直化が限界に達し、結果として自壊をはじめるものなんじゃないだろうか。生産性の低いシニアクラスが無駄なポストに就いて組織内に沈殿し、合理的かつ迅速な意思決定を阻害しつつ、組織にとっての大きなコスト負担になるからだ。始末の悪いことにそうした組織の老廃物は、保身を目的とした無駄なポストを創出し続け、自らの再生産を行う方向に作動する。こうした事態を避けるためには、絶えず組織の新陳代謝を図る必要があるんだろう。

感覚的には、今後の国家組織に望まれるのは、複雑な社会構造に対抗する単純な構造ではないだろか。最近もエコポイントなる愚策が世間を賑わせているが、あのまどろっこしくて複雑な運用にコストをかけることに社会的なメリットはまったく見出せない。エコポイント算定表とか見てるとばかばかし過ぎて笑えてくる。なぜなんのメリットもないのに、いちいちエコだのなんだのと大儀を揃えてまでかように複雑な仕組みを設けたがるのかといえば、どう考えても役所の仕事を増やしたいからである。個別具体的に誰がそう思っているという話ではなく、役所の仕事を増やすことが役所の合理性だという話。成功するかどうかは別の次元の問題だが、役所が自らを肥大化させるために、運用を複雑化させていく方向に意志が働くのは至極当然のことだろう。そして複雑化の路線の延長線上には十分に単純な仕組みというのはあり得ないから、単純な仕組みに変えるということはきっと既存のものはある程度破壊しなくてはならないということと同義な気がする。


で、ただ壊すだけならバカでもできる。というかバカのほうがそういうのは得意だ。バカというと語弊があるかもしればないが、既存の枠組みについて理解も共有もせず、歩み寄ろうともしない人のほうが、ものごとを一から考えるには向いていると思う。逆に言えば、自民党の言う政権担当能力というのは、現行の国家組織を維持し、ますます肥大化させる能力に他ならず、単純でわかりやすい国家組織を実現するにあたってはただの足枷となるものに過ぎない。ということで、次の選挙は民主党に清き一票を入れてみるべかと思っていたりもする。

ただまあ、バカが権力を極小化させることは望ましいと思う一方で、バカが暴走して権力を乱用することほど国民の利益を害することはないとも思うので、その辺りは注意したい。