記者クラブ開放がもたらすもの

少し前、政府関係の記者クラブ民主党が開放するとかしないとかで、結構盛り上がっていた。今となってはもう騒ぎはすっかり収束したようなので、もともとみんな大した興味はなく、ただ単に上杉隆氏あたりの煽りにのせられてお祭り的に騒いでいただけという話なのかもしれないが、事実として着実に記者クラブは開放に向かっているようで、こうした動きがわが国社会に対して本当に何らかの影響を与えるのかという点についてはもう少し考えてみてもいい問題なのではと以前から思っていた。

現状における率直な感想としては、あまり派手な変化はないものの、着実に変わる部分というのはあるのかもしれないなどと思ったりしてる。


さて、記者クラブ解放戦線の急進派、神保氏などによれば、記者クラブとは既存大手マスコミによる事実上のカルテルであり、これにより新規参入は阻害され、新規参入の脅威がなくぬるま湯と化した業界は腐敗の一途をたどり、権力と癒着し利権に拘泥して社会にとって大きな損失ををもたらすという理屈が成立するらしい。こうした一連の負の連鎖を防ぐために、兎にも角にもまずは記者クラブの解放はなされなければならないという主張がある。

ところが、ではめでたく記者クラブは開放されましたということになったところで、果たして新規参入などが本当にあるのだろうかというのは私にとって割りと積年の疑問であった。この疑問の出所は至ってシンプルで、既存マスコミ(とりわけ報道分野)があまり儲かっていないように見えるからだ。ただでさえ儲けの少ない業界に、新規参入業者などがやってくるものだろうか。

事実、報道を生業としていらっしゃる方の意見としても以下のようなものもある。

マスコミは「記者クラブ」をベースに取材し、マス向けにニュースを流している。一部はマーケット向けに実務的なニュースを流している。で、儲かっているのか。ダメである。どこも苦しくて悲鳴を上げている。ニュース量が減って、売り上げが落ちたのか。違う。むしろニュース量は政変やら金融危機の余波で増大しているかもしれない。主因は、広告収入が落ちていること。ニュースに関係なく、企業は金を払ってくれない、払う余裕がないのだ。新聞社は個人にニュースを売っているが、広告収入の減少をまさか新聞代の値上げで補えるはずもなく、発行部数は落ちる一方だ。簡単に言えば、既存マスコミはどんどん儲からなくなっているわけだ。

記者クラブ開放のビジネス的側面の考察 : 本石町日記

要するに、マスコミュニケーションという媒体のあり方自体に価値が見出されなくなってきており、事実として企業の広告は減少してきているし、新聞についてはきっとネットに喰われているのだと思うのだが、つまり消費者はそもそもカネを払ってまでニュースを読みたいとは思っていないという危機的な状況が見て取れる。こんな壊滅的な業界に新規参入を考える猛者が本当にいるのだろうか。

さらに言えば、報道という分野をビジネスとして考えると、記者クラブなどのカルテルなどなくても、もともと参入障壁が高い業界である。ニュースを消費者のもとに届けるための媒体については、今はインターネットがあるからそれを利用するとしても、インターネットビジネスのマネタイズはそれなりに難しい。広告モデルはまっさきに思いつくだろうが、それなりの媒体価値を持つものをつくろうと思えば、それなりの時間がかかるだろう。その間売り上げゼロだ。

だからあるとしたら海外マスコミが参入してくるということくらいかなと思うのだけれど、海外の人はこんな極東の島国の政治情勢などにそんなに興味を持つだろうか。参入しても日本国内でニュースを配信するだけだと、参入した海外マスコミにとってはあまりメリットがないのではと思う。


ではいったい記者クラブ開放とは何なのか。何の意味もないのか。

ちょっと自分では気がつかなかった論点なのであるが、少し前にtwitterで見かけたもので、以下のような着眼点は結構当を得ているような予感がした。

僕の予想ではそのうち記者側が強くなってユニオンから発展させてマネージメント会社ができていくと思う。癒着するなら横並びのメディアじゃなくてジャニーズ事務所のような大手記者会社かな。

Twitter / euroseller: 僕の予想ではそのうち記者側が強くなってユニオンから発展させて ...

これはたぶん、既存の記者さんたちが独立するという話に近い。ただ独立するといっても、きっと自らメディアを持つようなことはせず、既存のメディアにニュースを売って生計を立てるようなかたちになるのだと思う。それこそジャニーズ事務所がその管理するタレントをテレビに出して収益を得るように、記者のマネジメント会社はニュースやコメンテーターをメディアに提供して収益を得るということだ。

これはつまり、既存の記者が取材して、既存のメディアが放映して、メディアは広告料なりを徴収して、記者はそれでお金を貰ってという話なので、図式としては現状と何も変わっていない。変わっているのは力関係のバランスだ。記者は会社の支配を逃れ、比較的自由な市場において自由な競争に晒されることで、個々人の色を出すことに対してインセンティブを持つことになる。これは記者にとっても消費者にとっても良いことだと思う。

池田信夫先生も似たようなことを言っていた。

優秀な記者はクラブになんかいないで、取材源に密着する。だからクラブがなくなると「個人」の実力の差がついて、優秀な記者の転職が容易になる。新聞社は引き抜き禁止協定でこれを防いでいるが、それが崩れてメディアにも労働市場が形成されるのです。

Twitter / ikedanob: @isologue これは逆。優秀な記者はクラブになんかいな ...

何でもすぐに労働市場の話になってしまうのは池田先生の愛嬌だが、これはこれでおっしゃるとおりと思った。