アップルとマイクロソフトのビジネスモデルの違いについて

アップルの時価総額マイクロソフトのそれを抜き、世界で2番目となった*1。数年前の状況からすれば、俄かには信じ難いほどの快挙だと言える。

こうした事実を受け、コンピューター業界における新しい時代の幕開けを宣言するような論調は枚挙に暇がないが、アップルとマイクロソフトは、いまやビジネスモデルも事業領域もまったく異なる会社であり、アップルの台頭をもって、それ即ちマイクロソフトの失墜を断じることはできないし、何よりそうした文脈ではアップルのビジネスモデルを正確に理解することは難しいように思われる。

アップルとマイクロソフトのジネスモデルや事業領域が異なるものであることを表す非常にシンプルな事実は、下のグラフを見てわかるとおり、アップルの台頭によってマイクロソフトの利益はまったく脅かされていないということだ。

確かにアップルの利益は劇的に伸長しており、この勢いであればマイクロソフトの利益を上回ることも時間の問題かに思える。ただし、事実としてマイクロソフトの利益は減少する傾向にないし、現時点においてはアップルよりもはるかに大きい。

製品戦略上の相違点

アップルとマイクロソフトの違いは、端的にマーケティング戦略に表れている。

マイクロソフトは、自社製品を世の中のスタンダードたらしめることに対して全ての戦略を最適化している。そして、マイクロソフトの主力製品であるWindowsをOSのスタンダードとして揺るぎない地位に至らしめたのは、プラットフォーム利用者の利益調整に他ならない。プラットフォームがスタンダードたり得るためには、万人に対してオープンであり、また特定の固定的な価値観から自由である必要がある。

一方のアップルであるが、iPhoneiPadを見ればわかる通り、その開発環境や利用環境は極めてクローズドなものであり、開発者や利用者に対して高い利便性を提供するものとは言えない。例えば開発者として、アップルがNOと言えば即座に流通がストップするようなプラットフォームに自身の命運を託すような資本投下はできない。

NewsWeekに、アップルとマイクロソフトの違いをカトリックとプロテスタントに例えた記事が掲載されている*2。曰く、「マイクロソフトのパソコン用OS(基本ソフト)MS-DOSを基にしたオープンな世界では、「救済」に至る道も百人百様。だが、唯一の正統な教会たるアップルのマックOSの世界では、「信者は何から何まで教会の指示に従わなければならない」」と。これは実に的を射た例えである。そしてこうした論調は特段珍しいものではなくて、日経ビジネスでも同種の記事が掲載されていたことがあった*3

こうした記事は、アップルの製品が業界のスタンダードになることはないということを予言している。しかし、スタンダードになるということは、会社が高い収益を上げるための唯一の方法ではない。マイクロソフトのビジネスモデルの根幹がデファクト・スタンダードとなることだとしたら、アップルのそれはブロックバスター(圧倒的な大ヒット製品)を生み出すことだろう。

iPodを思い出して欲しい。アップルがあの大きくて重たいmp3プレイヤーを大ヒットさせることができたのは、ユーザーの優先度を的確に把握した製品コンセプトや洗練されたデザインもさることながら、プロモーション戦略によるところが極めて大きい。

大ヒット製品を生み出すためには、製品がいかに高品質でユーザーの需要を満たすものであったとしても、それだけでは足りない。プロモーションと流通における効果的な戦略が不可欠である。

ダンコーガイ氏が言うように*4、アップルのプロモーションは神がかっている。アップルはいま、新しい製品を出すたびに、イチイチ発表を匂わせ、もったいつけ、ジョブズ入魂のプレゼンテーションで大々的に発表し、熱が冷めないうちに即座に世界中に流通させている。そしてそのすべての過程を、アップルは完全にコントロールしている*5。これぞ言わば、大ヒット製品を生み出すための方程式である。

高収益の源泉

ところで、マイクロソフトにしろアップルにしろ、その利益の大半は純粋な製品販売以外から上がっている。

マイクロソフトのWindowsやOfficeのように、デファクト・スタンダードとなった製品は莫大な利益を生む。顧客は他社の製品に切り替える際のコストを忌避するため、顧客流出は最小限になるから、結果として広告宣伝費を大幅に削減することができるし、何よりアップデートやサポート、ライセンスなどの原価率が極めて小さいサービスを有利に販売することが可能となる。

対するアップルは、繰り返しになるが、デファクト・スタンダードを目指すビジネスモデルではない。アップルのインターフェース・デザイン乃至自社ブランドに対する強い拘りは、プラットフォームを完全にオープンにすることと完全に相反している。自社のプラットフォーム上をダサいコンテンツや下品なコンテンツが流通することを、ジョブズは決して許容しないだろう。

では、アップルの偉大な収益はどういったビジネスモデルによるものか。それは、ひとことで言えばブロックバスター製品を基盤とした事業領域の拡大によるものである。もともとコンピューターメーカーだったアップルは、いまや楽曲の販売や通信料(キャリアからの上納金)で多額の収益を計上している。

アップルはまず、その素晴らしい製品コンセプトと適切なプロモーション戦略により、iPodという製品を大ヒットさせた。iPodiTunesがインストールされたPCなしには作動せず、メインPCのサテライト的な端末だった。そしてiTunesでは、楽曲コンテンツのダウンロード販売が展開された。iPodの好調とともに、iTunesMusicStoreはシェアを拡大し、ついにはトップシェアを獲得するに至った*6

次にアップルは、iPodに音声通話とインターネットブラウザ、アプリケーションのプラットフォームを付加し、iPhoneを販売した。iPhoneの販売に際して、アップルはiPodにおける輝かしい実績を盾に通信キャリアとの交渉を有利に進め、従来通信キャリアが得ていた利益の一部を収奪することに成功した*7。事実上、アップルは通信料ビジネスにも参入した*8

そしていま、アップルはiPadを携え、電子書籍ビジネスへの参入に意欲を見せている。

アップルとディズニー

こう考えると、アップルのビジネスモデルは、むしろディズニーに酷似していることがわかる。

ディズニーのビジネスモデルの根幹は、自社のキャラクターをさまざまなチャネルで流通させ、広範な事業領域において価値を獲得する点にある。ミッキーマウスからバズ・ライトイヤーまで、ディズニーは自社が生み出した大ヒット映画のキャラクターを、小売店(ディズニー・ストア)、ビデオ、テレビネットワーク、出版、テーマパーク、ホテルやレストランなど、実にさまざまな領域で流通させ、そのチャネルをコントロールすることによって大きな価値を得ている。

アップルが事業領域拡大の基盤としたものは、iPodの製品コンセプトであると考えられる。それは次のようなものだ。

ジョブズとその側近たちは「汎用コンピュータを使う時代から、コンピュータを応用して特定の目的に使う専用機が主流になっていく」と読み、現在へと続く製品企画の基本的なポリシーになっているという。

本田雅一の「週刊モバイル通信」

専用機化である。その背後にあるのはもちろん、ユーザーの多様化だ。アップルは、この大成功を収めた製品コンセプトを、上述したように様々な事業領域において展開しているのである。

両社は、(それぞれの事業領域における)競合他社との差別化の要因を主としてブランドに依存するところまで含めて、よく似ている。

アップルの今後

マイクロソフトの利益がまったく減少していないことからもわかるように、優れたビジネスモデルは長期間に渡って会社に利益をとどまらせるものである。

今まで見てきたとおり、アップルのビジネスモデルは実に素晴らしく、他社には見られないものである。SONYは確かに様々な専用機を販売しているしコンテンツ事業にも注力しているが、ブロックバスターを生み出すためには製品が多すぎる。新製品開発のためのコストが高くて固定的であり、開発後の生産にかかる限界コストが低い場合、多数の製品で平均的なポジションを維持するよりは、少数の製品で卓越したリーダーとなることが望ましい。

いま、アップルのライバル企業といえるような会社は、ない*9。少なくとも、明確なライバル企業が台頭してくるまでは、アップルの覇権が続くことは間違いないのではないだろうか。

*1:[http://mainichi.jp/select/biz/news/20100527dde001020011000c.html:title]

*2:[http://newsweekjapan.jp/stories/business/2010/06/ipad-4.php:title]

*3:[http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20100608/214828/:title]

*4:[http://agora-web.jp/archives/1031147.html:title]

*5:一応言っておくけど、言うほど簡単なことではない

*6:[http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20080411/298739/:title]

*7:[http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20100604/348849/:title]

*8:形式上は通信キャリアからの販売奨励金。

*9:当然個別の事業領域における個別の製品に対しては競合が存在しているが。