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ソーシャルゲームのバリュエーション

金融

最近めっきり筆が遅くなってしまって、旬なネタについて書き始めても書いているうちに旬を過ぎてしまうから、書き終えてはみたもののなんとなく今更感を感じてお蔵入りというケースが増えている次第。

今日の話題もなんとなくそんな感じではあるものの、気合でリリース。

モバゲーで有名なDeNAが米国のソーシャルゲーム制作会社であるngmocoを買収した話。DeNAによるリリースは以下から。もう1か月も前の話。
「米国ngmoco 社の買収、第三者割当による新株式発行及び新株予約権発行に関するお知らせ(PDF)」

342億円!

DeNAのプレスリリースによれば、ユーザ数2,000 万人を超える強固なコミュニティをベースとしたソーシャルゲームプラットフォームである「モバゲータウン」によって業績を急拡大させているDeNAとしては、今後全世界的に拡大が予想されているスマートフォン市場への進出が目下の関心事であるから、既にスマートフォン市場において相応の事業基盤を保有するngmoco 社との一体運営を図ることにより、グローバルなソーシャルゲームプラットフォームの構築を加速させることが最も重要であると判断し、ngmoco 社を買収することといたしたとのことである。

プレスリリースに延々と記載されている無駄に複雑な買収スキームも去ることながら、やはり気になるのはお値段。でも、お高いんでしょ?

本件買収に係る対価の総額(以下、「本件買収対価総額」といいます。)は、最大で4.03 億米ドル(約342 億円、注1)相当となります。本件買収対価総額の内訳は、以下のとおりとなります。

  1. 合計 3.03 億米ドル(約257 億円)相当の当社普通株式新株予約権及び現金(以下、「クロージング対価」といいます。)
  2. 合計最大 1.00 億米ドル(約85 億円)相当の当社普通株式(最大1,070,535 株)、新株予約権及び現金(以下、「アーンアウト対価」といいます。)


一部は将来の業績に連動するかたちで支払われるようだが、実に最大で342億円。

結構いいお値段なので、よほど業績がよろしい会社なのだろうとリリースを読み進めると驚愕の事実。こちらの会社そもそも創業から2年ほどしか経っておらず、業績は2期連続の赤字。1期目営業赤字209百万円、2期目営業赤字925百万円。売上高もわずか268百万円。

決算期 2007年12月期 2008年12月期 2009年12月期
連結純資産 3,176千米ドル(約270百万円) 26,711千米ドル(約2,270百万円)
連結総資産 3,264千米ドル(約277 百万円) 28,258千米ドル(約2,402 百万円)
連結売上高 484千米ドル(約41 百万円) 3,156千米ドル(約268百万円)
連結営業利益 △2,455千米ドル(約△209 百万円) △10,886 千米ドル(約△925 百万円)
連結当期純利益 △2,438 千米ドル(約△207 百万円) △10,886 千米ドル(約△925 百万円)


赤字の会社に342億円、さすがに高すぎやしないのだろうか。昔懐かしいITバブルの香りが漂う。というか、赤字の会社でよろしければ、私のほうでいくらでもご用意いたしますが…。
これは一体どういうことか。

バリュエーションの基本的な考え方

さて、少し説明くさくなるけれども、M&Aにおけるバリュエーションについて基本的な考え方を紹介しておきたい。

M&Aは要するに株式投資の一種なので、基本的には割安な値段で購入することがカギだ。割安かどうかの判断は、人によっていろいろなやり方があるわけだけれど、比較的一般的な考え方はEBITDA倍率ではなかろうか。

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EBITDAとはつまり、ある会社がその事業を営むことで創出するキャッシュフローのようなもの。Earnings Before Interest, Tax, Depreciation and Amortizationの略。EBITDA倍率というのは、その会社の価値がその会社のEBITDAの何倍かを表す指標である。

つまり、EBITDA倍率が高い会社というのは、将来の業績がよいことが見込まれている会社のことで、EBITDA倍率が低い会社というのは、将来の業績が必ずしも芳しくない可能性を折り込まれている会社のことだといえる。業績がよさそうか悪そうかというのは、業種や事業モデル、経営者の方針などによって判断されるのだろう。昨今のM&A案件において、EBITDA倍率は概ね5倍から7倍程度が平均的である。

M&Aが普通の株式投資と異なるところをひとつあげるとすると、株を買う側も企業であるから、買い手企業も株主との関係では評価される立場にあるということだ。あくまで一般論だけれど、自社の評価率よりも高い評価率で買収をするとあまり結果がよろしくないことが多い。つまり上で紹介したEBITDA倍率で5倍程度の評価を市場から受けているような会社が、EBITDA倍率7倍の会社を買収するということは、あまりしない。倍率の低い買い会社が倍率の高い会社を買収すると、高かった方の会社も子会社化によって倍率が引くなってしまう可能性がある。

基本的には、EBITDAなりの倍率が自社よりも低い会社を買ってきて、自社なみの倍率まで引き上げ、その上昇分を利益として享受する(価格差を利用して利益を出すという意味でアービトラージの一種とも言える)というのが基本的なM&A戦略だと考えていただいてよいと思う。

ユーザー数倍率

ということで、DeNAとngmocoの話に戻ろう。
DeNAの企業価値は約3,268億円。時価総額は3,733億円だけども、465億円分は単なる現金なので、企業自体の価値はそういうことになる。EBITDAは、DeNAの成長速度を考えると前期のものでは少しデータが古すぎるかと思い、今期の予想を採用した。結果、EBITDA倍率は5.97倍。DeNAの現在までの成長スピードを考えると若干低めの数値が出た印象がある。今期予想を使ったためというのもあるだろうが、もしかすると「下流食い」や「出会い系」と揶揄されるようなビジネスモデルに、市場は懐疑的なのかもしれない。*1

一方のngmocoについては、既に見た通り前期は9億円の赤字であり、今期予想などは開示されていないなので、EBITDA倍率は算定できない。以下の通り表にしてみたが、何の参考にもならない。残念無念。


気を取り直してユーザー数で比較してみたのが以下の表。ソーシャルゲーム事業の収益モデルは、登録ユーザーに対する課金なので、ユーザー数の倍率もデータとして有意なはずである。

さて、ngmoco社が運営するプラットフォームにはなんと1200万人もの登録ユーザーがいるのだそうだ。なぜそれで売り上げが2億しかないのかはよくわからないが。対する我らがDeNAは、登録ユーザー2000万人。やはりDeNAの方が圧倒的に多いけれども、それでも売り上げや利益における桁違いな差よりはずいぶん縮まっている。企業価値とユーザー数の倍率をみてみると、DeNAの16,342倍に対して、ngmocoは2,850倍。急に割安な気がしてくる。


おそらく、DeNAのM&A戦略はこうだ。即ち、モバゲーで培ったノウハウをngmocoに投入することで、企業価値/ユーザー数の倍率を自社の水準まで引き上げ、当該上昇分から利益を得ようとするものである。そして、DeNAが自社の価値と思っているものは、マネタイズのノウハウだろう。つまり釣りゲームのユーザーに釣竿のアイテムを売りつける能力のことだ。

と、いうことが実はリリースをちゃんと読むとしっかり書いてある。「強力に」というあたりが、力のこもった感じでよい。

当社グループの技術力、「モバゲータウン」によって培われたコミュニティ運営ノウハウ、マネタイゼーション(収益化)ノウハウ、ソーシャルゲーム企画力、ゲームデベロッパーとのネットワーク等と、ngmoco 社のスマートフォンにおけるゲーム開発ノウハウ、プラットフォーム開
発力等の双方の強みを活かし、ユーザのみならずゲームデベロッパーにとっても最良のソーシャルゲームプラットフォームをスマートフォン市場に提供して参ります。
具体的には、

  1. ユーザに対しては、世界中で開発された豊富なソーシャルゲームとそれを楽しむコミュニティ機能を提供し、最も親しまれるエンターテイメント環境をスマートフォン上に実現します。
  2. 世界のゲームデベロッパーに対しては、ワンソースソリューション(iOS でもAndroid でも、「モバゲータウン」と「plus+ Network」を通じて世界市場に向けて同時にゲームを配信できる環境)を提供し、ゲーム嗜好性の高いユーザの大規模コミュニティを実現し、マネタイゼーションを強力に支援します。(注2)


ちなみに、ngmocoのユーザー数倍率がDeNA並みになったらどうなるか計算してみたのが以下の表。結果はほぼ2,000億円となった。まる儲けだ。こう考えれば342億円もそんなに高くない。

*1:ところで、もし本当にそうならDeNA株は「買い」だ。市場がDeNAの成長力を先入観で過小評価している可能性がある。