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こどもにエロ漫画を売りつけることで養われる国際競争力なる能力があるらしい

雑談

東京都青少年健全育成条例の改正について、条例や改正案の原文すらろくに読まずなんとなく雰囲気だけで表現規制反対だなんだと騒ぎ立てる輩が多いので、いつか何か言ってやろうと機会をうかがっていたところ、ここにきて大御所、池田信夫先生が登場し、ついに機は熟した感がある。⇒池田信夫 blog : 「青少年」という幻想 - ライブドアブログ
なお、本条例に関する私の基本的なスタンスは、こちらを参照していただきたいが、別に普通の規制じゃないのという感じだ。


さて、池田信夫先生である。

そもそもこの条例の求める「健全な青少年」とは何なのか。大人が「有害な表現」を指定して子供の目にふれないようにするという発想の根底には、子供は未成熟な存在で、「不健全」な情報を与えるとその発育が阻害されるという発想があるのだろう。

池田信夫 blog : 「青少年」という幻想 - ライブドアブログ

今般の条例改正に反対する人たちは一定以上の確率で、この「健全とは何か」というそもそも論を持ち出すが、極端な話、幼稚園児や小学生がエロ漫画を読んでいたら不健全極まりないことは明らかである。

「健全とは何か」などと仰々しい問の立て方をするからよくないのであって、少し具体的に考えてみればわかると思うが、性に対して正しい知識を持つ前から安易に性的なコンテンツにふれると、そのこどもや周囲が不幸になる可能性があるということだ。妊娠や性病に対する正しい知識もなく、単にエロ漫画の影響で興味本位に性行為に及ぶ小中学生が増えたら、それは事態として「不健全」である。

なにも性だけではない。暴力だって酒だってタバコだってそうだ。使い方次第によっては、使用者やその周囲の人を傷つける恐れがあるものについては、使用上のリスクについて、十分な知識を与えてから使用させなくてはならない。それが大人としての義務というものである。


池田信夫先生は上記引用部に続けて、以下のように述べる。

しかし最近の脳科学の成果が示すように、このように子供を「保護」する発想は間違っている。
脳細胞の数は生まれたとき最大で、その後は減ってゆく。神経回路の結合も子供のとき最大で、脳は自由に活動している。大人になる過程は、既成概念や社会規範に合わせてシナプスの結合を「刈り込む」ことである。だからエロ漫画によって子供の脳が「不健全に育成」されることはありえない。性的な刺激に反応する回路はもともと脳の中にあり、漫画によって発生するものではないからだ。それを禁止する動機がもっとも強いのは、自分の中の欲望を抑圧しているPTAの専業主婦だろう。

池田信夫 blog : 「青少年」という幻想 - ライブドアブログ

もう面白くて笑いを堪えるのに精一杯なわけだが、一体誰がエロ漫画で脳細胞の数が減る心配をしたというのか。大先生の脳は、ちょっと自由に活動し過ぎではなかろうか。

PTAはそんな科学的な現象に漠然と不安を感じたりはしない。PTAが危惧するのは、軽率に性交渉に及んで女の子を妊娠させるようなことがあったら大変だとか、うっかり酒やタバコに嵌って中毒になっては大変だとか、そういう具体的な可能性である。

なお、専業主婦は自らの欲望を抑圧しているという、トラディショナルなアダルト・ビデオのような価値観をさらりと持ち出すあたり、池田信夫先生の青春時代にも不安を覚えずにいられない事態となっている。


我々の不安をよそに、オチに向かって突き進む池田信夫blog。抱腹絶倒の大オチは以下のとおり。

エロ漫画の主な読者は「青少年」ではなく、描いているのも大人である。日本のオタク系コンテンツが世界的な競争力をもっているのは、それが西洋的な啓蒙主義によって抑圧されている「子供的な想像力」を解放しているからだ。その程度のこともわからないで自由な表現を公権力で刈り取ろうとする石原氏を見ていると、つくづく年は取りたくないものだと思う。

池田信夫 blog : 「青少年」という幻想 - ライブドアブログ

出た。国際競争力(笑)

そもそも前回も書いたが、誰も表現を「刈り取ろう」などということは言っていない。条例において規制の対象となっているのは漫画家などの表現者ではなく本屋などの事業者であって、規制の内容は有害なコンテンツを「青少年に販売し、頒布し、若しくは貸し付け、又は観覧させないように努め」ろというものだ。

表現自体をするななど誰も言っていない。どんなに有害なものであろうと自由に表現すればよろしい。ただ単にそういう如何わしい表現物を、それを消費したり使用したりするための十分な知識を持たないこどもたちに安易に売りつけるなという話である。

幼気なこどもたちにエロ漫画を売りつけることで養われる国際競争力など不要である。