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ボディビルダー風セールスマンの倫理観とリスクについて

金融大狂乱 リーマン・ブラザーズはなぜ暴走したのか金融大狂乱 リーマン・ブラザーズはなぜ暴走したのか」は、かのリーマンブラザーズの元従業員が破綻の内情を綴ったいわゆるノンフィクションものだが、自分達は実に有能な働きをしたし、サブプライムモーゲージなんかも危ないと思ったから必死で止めたんだけど、上司のファルド*1がバカでさあ、という居酒屋でくだをまくサラリーマンのような論が展開され、そこにはまるでドリフの定番コントをみているかのような安定感さえあり、読んでいると話の規模こそ大きいものの何となく落ち着いた気分になれる稀有な一冊である。

同著のハイライトは、基本的には著者のファルドに対する恨み節だが、米国サブプライムローンの貸し出し現場に関する記述もなかなかエキサイティングなので、今日はその紹介。

サブプライムローンの実態

まずは、米住宅バブル全盛期において販売されていた住宅ローンの特性に関する記述を引用する。

全米有数の農業地帯であるストックトン周辺の識字率が、全米最低の水準にあったことも、住宅ローンのセールスマンには有利に働いた。彼らの顧客の半分は、契約書を理解するどころか、読むことさえできなかったからだ。ニンジャ・ローンは当初の金利が1〜2%と不自然なほど低いものの、数年後には5〜10倍にまで跳ね上がる。結局、これが住宅ローンの債務不履行の激増につながるのだが、顧客が契約書を読めないのをいいいことに、このような条項を組み込んだのではないかという疑惑は、当時からささやかれてはいた。(中略)
『ウォールストリート・ジャーナル』によると、借り手はすでに支払えなくなったローンを、もっと払える見込みのない借り換えローンで返済し、さらにクレジットカードにまで手を出すのだという。当時のウォール街では、”ストックトンは事前申請をしておかないと自動的にローンを組まれてしまう全米唯一の町である”というジョークが流行っていた。
金融大狂乱 リーマン・ブラザーズはなぜ暴走したのか

ストックトンというのは、サンフランシスコの東に位置するニュータウンで、サブプライムローンの急増な普及に伴いピーク時は人口が毎年5000人のペースで激増していたといういわばサブプライムローンの涅槃のような地域だったそうだ。

当時流行していた住宅ローンは、収入も仕事も資産もない人(No Income, No Job, no Asset)でも借りられることからニンジャ・ローンとなどと呼ばれ、借り手に所得証明書の提示を求めないまったくの無審査ローンであり、金利はなんと1〜2%、さらには住宅価格に対して110%のローンが実行されるため住宅を買っても更にポケットにカネが残るという、まるで奇跡のような代物だった。

同ローンは、種を明かせば、実行から数年後には金利が5倍から10倍に跳ね上がると共に元金の返済が加速度的に始まるという設計になっていたそうで、とりあえず顧客を借り入れに踏み切らせることだけを目的とし、目先の条件を可能な限り取り繕うことのみに全神経を注ぎ込んだ商品設計と表現する他ない。

通常、こういった貸し方は貸し手にとってリスクが大きすぎるため、あまり行われないものであるが、当時の米国ではいかなるローン債権であろうともウォール街投資銀行に販売することが可能だったので、住宅ローン会社は回収の可能性やリスクについての判断を完全に度外視し、純粋に貸し出し残高を増やすことだけに集中できたのだ。

一方の投資銀行はと言えば、こうして生まれた住宅ローン債権を纏めて買い取り、証券化商品としてリスク加工を施し、高い格付けを添えて、カネを余らせた世界の投資家に販売していたから、こちらはこちらで濡れ手に粟の一大ビジネスだった。つまり、リスクを負担する当事者は現場にはひとりもいなかったということだ。

ボディビルダー風セールスマンの倫理観

さて、リーマンブラザーズのディストレス債権部門だった著者らは、大した能力もない癖に自分たちより大金を稼ぎ出し、バカな上司(ファルド)にも滅法気にいられているサブプライムローン債権の証券化部門の活躍を不審に思い、わざわざサブプライムローンの貸し出し現場まで視察にいき、全米2位の住宅ローン会社であるニューセンチュリー社のセールスマンにインタビューを敢行する。

わたしたちは食事を終えるとレストラン内のバーに移動した。カウンターでは2,3人の”ボディビルダー”がビールを飲んでおり、何気なく話しかけてみると、”ウォール街から休暇でやって来た2人組”を快く受け入れてくれた。住宅ローン販売は世界一のビジネスだと彼らは言い切った。年収は30万から60万ドルということだった。
金融大狂乱 リーマン・ブラザーズはなぜ暴走したのか

こんなマンガのような話が本当に事実なのか、若しくはアメリカンジョークの一環で誇張して表現しているのかはイマイチよくわからないが、著者らによれば、ニューセンチュリー社のセールスマンは何故かみんな判で押したように筋肉ムキムキで、肌は浅黒く、頭はスポーツ刈りのボディビルダー風の出で立ちだったそうで、年収はひとりあたり30万ドルから60万ドル、車はフェラーリやジャガーを乗り回し、真っ昼間から高級オーデコロンのにおいをプンプンさせ、レストランのウェイトレスには100ドルのチップを渡すというバブルを絵に描いて額に入れたような振る舞いをしていたらしい。

以下は著者らとボディビルダーらとの会話。

金利見直しによって債務不履行が広がる可能性を考えたことはないのか、と私が尋ねると、彼らはさっきよりもきっぱりと否定した。『知ったこっちゃないね。俺たちの仕事はローンを売るところまでだ。そのあとのことは、ほかの連中の問題だよ』
低所得者たちが金利見直し後も返済を続けられると思っているのか?『そう願うけど、払えなくなったらスラム街へ戻ればいいだけの話だろう?』
住宅ローンを提供する前に、収入や審査を書類で審査しているのか?『とんでもない。必要なのは自己申告だけさ。うちは無審査が売りなんだ。審査なんかしてたら、商売はあがったりだよ』
金融大狂乱 リーマン・ブラザーズはなぜ暴走したのか

案の定と言えばそれまでだが、セールスマンたちの意識には債権者としてのリスク管理も、債務者に対する配慮も一切なく、純粋に自分たちの給料を最大化するために住宅ローンの販売しており、倫理観の欠片も見られない。すべてのリスクは加工されて海の彼方に飛んでいくのに、巨額のリターンだけが手元に残るのだからそれもそのはずである。

同著によれば、ニューセンチュリー社のトップスリーは上記住宅ローンの販売事業によって3年間で実に7400万ドルの報酬を手にし、成績優秀者には豪華客船で行くバハマの旅が送られ、船上では”われわれは世界一の住宅ローン会社だ。以上!”という旗の下で酒池肉林の宴が開催されていたらしい。

この話から学ぶべきことがあるとすれば、それはボディビルダー風のセールスマンは倫理観がないから気をつけろということではなく、リスクを取らない人は、基本的に信用に値しないということだろう。リスクがないときの人間というのは概してこういうものだ。何かもっともらしい意見を言っている風であっても、結局は現実を追認する程度のものしか出さず、いまのトレンドが大きく変わるような事態は想定しない。結果に対して責任を持つ必要がないから、その場その場で調子のいいことだけを言う。

全然関係ないが、最近だと福島の原子力発電所の問題について、いろいろな人が思い思いの意見を述べていらして実に騒々しいが、誰が信頼するに値するかを判断する際は、その人がどういうリスクをとっているのかを考えてみるのがいいのではないかと思う。

おまけ

ところで、先日たまたま目にした「「悪夢」のマイホーム 〜住宅ローンに隠された爆弾〜(井上 悦義) - BLOGOS(ブロゴス)」というエントリーで、米国サブプライムローンと日本の変動金利型住宅ローンが同列に語られており、それがまたそこそこ賛同を集めていたので度肝を抜かれたが、日本の金融機関は、債務者を審査したうえで、きちんとローンを返せそうだと判断した相手に貸し出しを行っている。あまりにも当たり前のことだが、この点は非常に大きな違いである。

また、確かに日本の住宅ローンにも変動金利があって、市場金利が上昇した暁には金利負担が増えるリスクを債務者が負っているが、その分当初の金利が安く抑えられるというシンプルでフェアな取引であり、当初の金利が単なる「釣り」に過ぎず、期間が経過すると大幅に支払額が上昇するというサブプライムローンの設計とは一線を画すというか、そもそも根本の考え方からまったく異なると言っていいものだ。

金融機関と聞くと、やたらと悪者にしたがる人は世の中には多いが、米国でサブプライムローンを売っていた住宅ローン会社(←銀行でもなんでもないいわゆるノンバンク)と、日本の銀行を十把一絡げにして語るのは、さすがに日本の銀行に失礼である。

参考

冒頭でも紹介したとおり、サブタイトルである「リーマン・ブラザーズはなぜ暴走したのか」に対する著者の答えは、ファルドがバカだからというある種潔いものであり、小気味よい。リーマン・ブラザーズという伝統ある投資銀行の破たんの原因は、証券化のリスクがどうとかブラックスワンがこうとかいうある種小難しい話ではなく、嫉妬と強欲にかまけたファルドが、バブルに身を任せて無茶な博打をし過ぎただけというのは、シンプル過ぎて逆に見失いがちな結論ではなかろうか。

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*1:リチャード・S・ファルド・ジュニア。事件時リーマンブラザーズの会長兼CEO。