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上場を維持するコストと上場を廃止するコスト

先日「会社は何故非公開化するのか」というエントリーで「買収の対象となる会社側に非公開化する積極的な理由があることは極めて稀で、どちらかというと買収する側の都合でそうならざるを得ないことの方が圧倒的に多い」という旨を書いたところ、上場維持に係るコストはそれなりに大きく、それを削減する狙いは少なからずあるだろうという指摘*1を複数いただいたので、今日はその話。

結論から言うと、上場するのも上場廃止するのも結構な負担であって、そもそもなんで上場なんてしてしまったのという話ではある。

上場を維持するコスト

さて、株式の上場を維持するためには確かに大きなコストがかかる。取引所からは適時開示を求められ、四半期ごとに決算を絞めて45日以内に開示しなくてはならなかったり、株価形成に影響がありそうな事実が発覚した場合などは即時公表しなくてはならなかったりと何かと忙しいことこの上ない。さらに、金融庁による開示規制も年々強化されており、今では四半期に1回有価証券報告書のようなものを提出しなくてはならない。その他にも臨時報告書や有価証券届出書など書類作成は極めて煩雑であるし、書類提出の手続きも何故かフォーマットをHTMLに変換しなくてはならなかったり、ブラウザのバージョンを落とさなくてはならなかったりと複雑怪奇なわけである。

こうした開示義務に対応するため、会社としては経験者の確保やシステムへの投資を避けて通ることはできない。これらの整備に要する額は、当然会社の規模によってマチマチだが、どんなに少なく見積もっても年間1億円は下らないのではなかろうか。

一方で、会社が上場していることによって会社が得られるメリットというのは限定的ではある。新株発行で資金調達と言ってもそうしょっちゅうできるわけではないというか、ほとんどの企業は上場時の一度きりだし、上場によって社会的な信用が補完されることを期待する経営者は多いが、今日び単に上場しただけで信用が得られるほど世の中は甘くない。

であるから、いっそのこと上場廃止したい、株式を非公開化したいと考える会社が存在すること自体は、十分に理解できるものである。一方で、話はそう単純でもないのではないか、とも思う。

上場を廃止するコスト

上記のようなコストを単に削減できるのであれば、上場廃止は確かに会社にとっても”いい話”となり得る。ただ、上場を廃止するためにも相応の負担はあるという点を忘れてはならない。MBO*2などによって上場を廃止しようと思うと、ざっと思いつく限りでも会社には概ね以下のような負担が発生すると考えられる。

  1. アドバイザリー手数料
  2. LBOの元利金返済
  3. フィナンシャル・コベナンツ対応
  4. 再上場の可能性

以下で順番に説明しよう。

1.アドバイザリー手数料

詳細は後述するが、一旦上場した株式を非上場化するというのは、少数株主保護の観点から言えば必ずしも褒められたものではなく、先のエントリーにおいても「MBOというと常になんとなくキナ臭い感じになる」と申し上げた通り、MBOは訴訟リスクとは切っても切れない関係にある。こうしたリスクに対処するため、弁護士などのリーガル・アドバイザーや投資銀行などのフィナンシャル・アドバイザーとの間で、法的な問題点や買収価額について、綿密に対策を講じる必要がある。当然そこには莫大なコスト負担が生じる。
ざっと見積もって20億〜30億円程度の手頃な感じのMBO案件でも、何だかんだで1億円くらいの手数料は覚悟する必要があるだろう。ちなみに、案件の規模が大きくなれば、手数料額も増える。

2.LBOの元利金返済

こちらについても先のエントリーで説明した通りではあるが、MBOで非公開化しようと思うと、スキームは基本的にLBO*3になる。
借入コストと資本コストを比べると、実は資本コストの方が高いというのが現代ファイナンス理論における常識で、その意味では借入を増やして自己資本を減らせば全体でみたときの資本コストは実質的には下がるのだが、とはいえ借入は自己資本と異なり元金の返済を要する。元金の返済をコストとは言わないが、キャッシュフロー的には大きな負担となることは間違いない。財務キャッシュフローの負担が増えると、投資キャッシュフローを減らさざるを得ず、つまるところ設備投資や研究開発が削られることとなる。これらの削減が将来の企業価値にとってマイナスの効果を持ち得ることは言うまでもないだろう。

3.フィナンシャル・コベナンツ対応

LBOの恐ろしいところは元利金の返済による負担だけではない。LBOにおける貸付けは、ある特定の資産の担保価値に依拠するものではなく、会社のキャッシュフローを裏付けとして実行されるものである。当然、リスクの性質としては担保資産の方が静的であるのに対し、事業キャッシュフローの方は動的だから、LBOにおいては、資金提供者が会社をモニタリングする目的で多種多様なフィナンシャル・コベナンツ*4が設定される。例えばフリーキャッシュフローに対する元利払いの割合を一定以下に保たねばならないとか、純資産をいくら以上に保持しなくてはならないとか、勝手に借入をするなとか、配当は絶対するなとかいった具合である。そしてこれらのトリガーにヒットすると、最悪の場合、会社は多額の負債に関して期限の利益を失い、デフォルトさせられてしまう。こうした各種のコベナンツに対処するためのオペレーション上の負担は、上場時における開示義務に匹敵するか、むしろそれを上回るものであると言える。

4.再上場の可能性

極めつけはこちらで、株式を非公開化する際にPEファンド*5をスポンサーとした場合、少なくないファンドが自らがイグジットするために会社に対して株式の再上場を求めるから、その場合は上場に耐え得る管理体制を保持しなくてはならないということになる。何のことはない、元の黙阿弥である。再上場はしないという方針であったとしても、ファンドがイグジットしなくてはならないことに変わりはなく、上場以外のイグジット手法というと基本的には第三者への転売ということになる。転売先が非上場会社であるということは極めて稀で大体は上場会社に転売されることになるが、上場会社の子会社が対応する必要がある開示義務は、基本的に上場会社のそれと大差ない。


さて、上記のうち2〜4は、他人から資金の提供を受けるからこそ発生する負担であるから、自己資金でMBOすることで回避できるが、自社を買収できるほどの潤沢な資金を経営者が有しているケースというのは、ここで論ずるだけの価値が見いだせない程度にレアである。通常は銀行などからの借入を活用せざるを得ないことが大半で、多くの場合はそれでも足りず、更にファンドなどからエクイティ性資金が調達されることになる。

そもそもなんで上場したのという話

冒頭でも触れたとおり、そもそも単にコストが高いからと言って徒に上場を廃止するというのは、少なくとも個人投資家保護の観点から言えば、決して望ましいものではない。

株式の上場と同時に新株を発行し公募によって大勢の投資家に株式を販売することをIPO(Initial Public Offering)と言うが、IPOで株を売るときの重要な前提条件は、その株はこれから上場するからもし売りたくなったら市場で売れますよということだ。買ったら一生保有し続けなければならない株を買う人は少ない。いざという時に換金できるだけの流動性があるということは、投資家にとって何にも換え難いほどの大きな価値である。

その貴重な流動性をなくしてしまうのが株式の非公開化であるから、少数株主にとっては一大事である。よくTOBをすると、個人株主から「TOBに応募せず会社が非上場化したら自分の株は紙くずになってしまうのか」という問い合わせがある。実際は単に流動性がなくなるだけだが、たったそれだけのことが極めてクリティカルな事象であるということを物語っていると言えるだろう。

であるから、会社が株式を非公開化するにあたっては、すべての株主に対して保有株を売却する機会を与える必要がある。しかも相応の金額でだ。この相応の金額というのが実に厄介なのだ。要するに株式の価値というのはそれを評価する人が会社に対してどれだけ期待しているかに大きく依存するから、どれだけ金額の適正性を担保したところで、その金額に不満を感じる人は必ずいることになる。それを経営陣の勝手な言い分で巻き上げてしまおうというのは決して行儀のよろしい話ではなく、いくらアドバイザリー手数料を費やしたところで完全にクリアになる類の問題ではない。

【個人株主からすれば、万が一自分だけが売りそびれれば株式が非上場化し、自分の持っている株式が紙くず同然になってしまうという恐怖があるから、大抵の人は経営陣からTOBがかかれば応募するか、若しくは市場で売却してしまう。金額に強い不満を抱いた場合は、一応少数株主保護施策として株式の買取請求権なりの最低限の権利が法的に担保されているが、基本的には裁判をすることになるため、弁護士費用は嵩むし、そもそも「適正な株価」について争わなければならないわけだから、それなりにキチンとした価格算定を行わねばならない。常識的に考えて個人株主がこのような費用に耐え得るはずもなく、チンピラ系の弁護士なりが音頭を取って集団訴訟を行うケース以外は、泣き寝入りとならざるを得ない。集団訴訟を行うケースについても、要はチンピラ系の弁護士が日銭を稼ぐという裏のテーマがあるわけで、果たして本当に個人株主は保護されているのかという疑念は尽きない。】*6

私は別に会社の非公開化に反対というわけではないというかむしろ、仕事上はトランザクションが増えてくれた方が有難かったりもするのだが、安易な非公開化を見るにつけ、経営者の資質を疑いたくはなる。

決して小さくない負担を背負ってまで上場廃止を選択するならばそもそも何故上場したのという話で、結局は何も考えてないのではないのという話である。

追記

ここまで行くと、逆に清々しい。もはや株の売買で利ザヤを稼ぐディーラーと一緒。しかも自分が経営する会社であればインサイダー情報も活用できて百戦危うからず。

参考

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同著はLBOローンに関する解説書。内容は実務的で実例も多くかゆい所に手が届く内容となっている。当ブログを読んでいきなり実務書に手を出す人はあまりいないと思うが、なかなかわかりやすいので紹介しておく。読むと、LBOのローンは普通のローンとは少し違うものだということはわかると思う。

*1:「[https://twitter.com/#!/kuzyo/status/57242085316767744:title=コチラ]」や「[http://homepage1.nifty.com/maname/log/201104.html#120659:title=コチラ]」など

*2:経営陣が自分が経営している会社を買収すること

*3:買収対象会社のキャッシュフローを返済原資とする借入資金を活用し、買収を行うこと

*4:日本語で言うと財務制限条項

*5:未公開株への投資を生業とする投資ファンド

*6:【】内追記。4/13