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それってアービトラージなのかなっていう

雑談

本当は先週アップする予定だったものがすっかり遅くなってしまったけど、いつも小器用な文章と池田信夫先生仕込みのエクストリームな経済理論を操り、はてなのブックマーカーを爆釣りしている自称米系投資銀行勤務の天才クオンツトレーダー(そこまで言ってないか)の藤沢数希さんが、孫正義氏による自然エネルギー財団の設立について、いつにもまして気合の入った素敵なエントリーをあげておられるので、ぜひご注目いただきたい。

金融日記:孫正義の秘密のアービトラージ

曰く、「熱せられた石炭が熱放射によって煌々とオレンジ色に輝くように、孫正義の小さな体の中にある巨大なエネルギーは、隠し切れずに、その特徴的な前頭部からある種の赤外線を発していて、インターネット空間のツイッターを通して、僕の皮膚をも温めているかのようだった」そうで、確かにこのエントリー自体何か得たいの知れない熱気を帯びている気もする。まあそんな素敵な文章なのだけれど、枝葉末節の部分にいささか違和感があって本エントリーを書いているわけである。

藤沢氏が言うには、孫正義氏の狙いは「クロスボーダー電力アービトラージ」なのだそうである。通常は送電ロスによるコストを考えると電力のアービトラージは実現不可能であると断ったうえで、孫正義氏による奇跡のスキームを次のように説明している。

まずソフトバンク傘下の電力を大量に消費するデータセンターなどを韓国に移し、そこで大量の電気を韓国で買う。一方で、日本ではメガソーラー発電施設を建造し、極めて高い電気を地域独占の半官半民の電力会社に好きなだけ売る。これによって、日本海の国境を渡って韓国から日本に電気を運ぶことなく、実質的に韓国で買った電気を、極めて高い値段で日本国民に売りさばくことが可能になる。

金融日記:孫正義の秘密のアービトラージ

同エントリーでも簡単には説明されているが、アービトラージというのは要するに同一商品の価格差を利用して利鞘を稼ぐ取引のことである。

例えば、日本と欧州でリンゴの値段が全然違って、欧州ではリンゴが日本の1/10以下の金額で取引されていたとすると、欧州で買ってきたリンゴを日本で売れば鞘を抜くことができる。これが原始的なアービトラージだ。

ところが、上で紹介されている韓国で電力を買って日本では売るというスキームは、どうもこれとは勝手が違うように感じる。韓国で買って日本で売っているのだから「実質的に」鞘を抜くことができるのだと書いてあるが、あまり合点がいかない。

まず、韓国で買う量と日本で売る量がまったくバランスしない。ソフトバンクのデータセンターの電力消費量について正確なところはまったく存じ上げないが、あれだけの規模の会社のデータセンターであれば相応の規模だろう。一方で、国内における発電は自然エネルギーということだが、自然エネルギーによる発電というのはどうやら「技術的にも経済的にも」難しいもののようだから、あまり大規模な発電能力は期待できないのではないのか。いくら価格差が大きかろうが、買う量より売る量が少なかったら、あまり儲からないのではないか。

逆に、もし国内の自然エネルギーによる発電が、韓国で購入する電気量に近しいものであるなら、つまり自社のデータセンターの電力をまかない得るものであるなら、自社のデータセンターを自家発電にすればよいだけの話ではないか。それができないから、安い電力料金を求めて態々韓国まで出張るのである。

また、韓国で買った電力は、すべてサーバーの駆動のために消費されるのであって、日本の電力事業とは何の関係もない独立した取引だ。

これはつまり、リンゴの喩えで言うなれば、日本のリンゴ農家が欧州に行ったときにリンゴを買って食べた、いや日本ではリンゴを売ってるのだけどねという特に面白くもない小噺のような状況に近い。

確かに、態々欧州に行ってまでリンゴを食べる理由が、リンゴを食べずには生きていけないが国内で食べると高いから だとすると、必要な費用を削減するというかたちで「鞘を抜いて」いるのだから、アービトラージ的だと言えなくもない。ただその場合、欧州でリンゴを食べることによって鞘を抜く主体が日本でリンゴを売っている必要はまったくない。

要するに、孫正義氏が電力料金のアービトラージをするためには、日本で変な財団をつくって電力事業を行う必要はまったくない。単に電力料金の安い国でデータセンターを運営して、ローコストでオペレーションされるホスティングサービスなりデジタルコンテンツなりを日本に輸出すればそれでアービトラージは成立、めでたしめでたしだと思うわけである。

確かに独立した取引を組み合わせるタイプのアービトラージも金融業界にはあって、例えば三菱UFJの株を買う一方でみずほの株を売るという取引がそれだ。これらはそれぞれが独立した取引として成立しているが、アービトラージに分類される。この取引のカラクリは、2つの銘柄の間に統計的に相関性があることであり、つまり統計的に異常な水準まで価格がかい離した時に高いほうを売って安いほうを買う。要するにかい離率が統計的に正しい値に収束することに賭けるわけだ。よって、この場合はかい離が収束するからこそ収益が生まれるのであって、かい離が「永久に縮まらな」かったりしたら大失敗なのである。

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ということで、孫正義氏が自然エネルギー財団を設立する狙いは電力のアービトラージで儲けるためだというのには強い違和感がある。もし孫正義氏が自然エネルギー固定買取制度の実現などを通じて日本の電力料金を吊り上げて何か得をするとしたら、それは競合他社のコスト増ではなかろうか。NTTやKDDIが高い電気料金に苦しむ中、自社だけが安い電気料金を満喫できれば、素晴らしい優位性を確保できる。

ただこれも、NTTなどの競合がデータセンターを海外に移設しないという前提があってこそ成り立つ戦略である。現実的にはそのような不確かな前提のもとで自社が採用する戦略を決定することはあり得ないから、この仮説もイマイチ説得力に欠ける。

結局のところ、孫正義氏はロマンチックなだけではないかと思ってる。日本のみんなが困ってる。ワシが立ち上がらねばならんじゃろうが!みたいな。日本版ノブレスオブリージュというか。

最近の事案で言うと、松本復興相による恫喝事件(大袈裟?)からの連想で注目された「えせ同和行為」の方が余程アービトラージぽい事案である。

えせ同和行為(えせどうわこうい)は、同和、部落を名乗る個人あるいは団体が、企業団体に対し同和問題への取り組みなどを口実とした賛助・献金を要求したり、企業・行政機関等の業務に差別問題を当てつけて抗議を行い、示談金名下にゆすり・たかり等の不当要求をする行為である。
また、同和利権に絡み、公共事業等への不正な参画を目指す行為も同義として扱われることもある。これらの犯罪行為を行う団体は暴力団と密接に関わっていることが多いため、警察などの監視対象となっている。

えせ同和行為 - Wikipedia

要するに、同和や部落民の被る差別等の損害について、実体と世間によるイメージに乖離があるからこそ利権が生まれるのである。差別の損害がまったくないわけがないことは自明である。ところが世間がイメージするところよりは少ないから、世間からの賛助や献金が損害を穴埋めしてなお余ることとなり、その余りの部分がある種の利鞘であり利権なのである。