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ステマ問題と素人トレーダーが陥りやすい罠について

ビジネス

今日は、いま巷で話題沸騰中の「ステマ」について書きたいと思う。

ステマというのはステルス・マーケティングの略だそうで、どうやら広告であることを隠して行われる広告活動全般を指す言葉らしく、芸能人がブログでオススメ商品を薦めているなと思ったら実は裏で企業から金をもらっていたり、食べログに書き込まれたユーザーレビューが実は店側に依頼を受けた業者によるものだったり、という事案がステマであると糾弾されているようだ。

ステマ問題のどうでもよさについて

ステマについて書くと言いながらこういう姿勢も、我ながらどうかと思うのだが、これ、実にどうでもいい問題じゃなかろうか。

どうでもよさを構成する要素を一応説明すると、まず、何をどう頑張ったところで、世の中からステマ的なものを取り去るのは無理だろうという点があげられる。正直、あれもステマ、これもステマと言い出したら、ほとんどすべてのマーケティング活動はステマになってしまうのではないか。雑誌の記事広告みたいな形態は完全にステマ的だし、SEOも個人的には大概ステマだと思う。

誰かが善意で教えてくれたと思った情報が、実は企業や事業主による広告でした、残念、というのがステマ問題の根幹であると推察するが、そもそもすべての広告は、見る人にとって有益な情報となることを少なからず意図されて制作されるわけだから、情報と広告との境界は極めて曖昧なものにしかならない。というより、ふたつは本質的に同じものだ。

それでも嘘はよくない、嘘は情報にはなり得ないと主張されたい方もいよう。しかしながら、食べログの偽装レビューであってさえ、少なくとも店の人が美味いと思っているのであれば、完全な嘘とは言えない。
「うちの店は味はいい。」「客が来ないのは知られてないだけ。」「そうだ君、ちょっとお礼はするから一回食べてみてみんなにお勧めしてよ。」
この流れに嘘や悪意はない。ここで行われていることはつまり、最適化だ。実力よりも過小評価された評点の最適化。SEOと同じなのだ。

ITオンチからすれば、SEOと言うと何となくハイテクな印象もあるかもしれないが、突き詰めると大した話ではない。要するに、Google検索の表示順位が主にそのサイトが他のサイトからどれだけリンクされているかで決まるという事実に基づき、業者がカネを貰って顧客のサイトにリンクを貼りまくるという仕事である。SEOという名前が何となく洗練されたような雰囲気を醸しているだけで、本質的には業者が飲食店からカネを貰って好意的なレビューを書きまくる仕事と大差ない。試しにレビュー書込代行業者は、業務内容をUser Review Optimization、略してUROなどに改め、堂々と営業してみてはいかがか。セントレックスくらいになら上場できるかもしれない。

結局、ステマを根絶するには、思い切って広告ごと一切禁止するしかないということにしかならないと思うのだが、そんな話が現実味を持ち得るだろうか。

また、良いステマと悪いステマの線引きをしようという話も、正直、興味を持ちづらい。いや、広告業界などで実際に実務に携わる人からすれば、線引きの問題は重大な関心事だろう。それはわかる。せっかくの広告が、逆に商品のブランド価値を下げるようなことがあってはかなわないだろうから。そういった意味で、どういった広告手法はウケが悪いのか、知っておいて損はなかろう。

ただ、この線引き作業というのは、通常、専ら事例を積み重ねることによってのみ達成され得る偉業である。例えば私がここで、「これからのステマの話をしよう」といった風情で、ぼくのかんがえたまーけてぃんぐ論を一席ぶってみたところで、なんの成果も産まないことは火を見るよりも明らかなのだ。こういった難しい問題は、いくら第三者が屁理屈をこねくり回したところで、幼稚な道徳論にしかならない。市場に任せるしかないのだ。基本的には。

リスク許容度を超えた取引をするタレントたち

さて。かくもどうでもいいステマ問題であるが、いや、どうでもいい問題であるからこそ、一体何故これほど世間を賑わすまでに発展してしまったかについては、少し興味があるところではないだろうか。ステマ的なものなど、はるか昔から世に存在し、活発に取引されてきたわけで、 普通であれば取引事例にも溢れ、市場は安定しているはずで、今更線引きがどうのという議論を挟む余地はないはずだ。

いま、突如としてステマなるものが問題視されている背景について、私は、タレントがブログやツイッターなどの新しいメディアを通じて、消費者と直接トレードするようになったことが遠因ではないかと思っている。世の中には、なるべく直接はマーケットにかかわらないほうがいい人たちがいるが、タレントという人種は、その最たる例ではないか。

そう。今でこそ、タレントがインターネットメディアを通じて彼らのファンと関わりを持つということは珍しいことではなくなってきているが、少し前までは両者の間には必ず誰かが介在していた。例えばテレビでは、テレビ局が制作したコンテンツを消費者に提供し、それによって得た消費者の視聴時間を、媒体価値に加工してスポンサーに販売する。この限りにおいて、タレントはある種の商品であり、テレビ局にとっては番組制作の原材料だ。タレントは、基本的に消費者ともスポンサーとも直接接点を持つことはなく、それら役割はテレビ局が担っていた。

ところが、ブログやツイッターといった汎用メディアが、タレントをより直接的な市場に駆り立てた。芸能事務所などの関与は最低限あるだろうから、完全に直接ということでもないのだろうが、芸能事務所というのは本質的にタレントの利益を代弁するだけで、媒体の価値全体を管理するテレビ局のような立場とは異なる。消費者にどういったキャラクターを売っていくか。どういったスポンサーを受けるか。こういった決断に際してタレント本人の裁量が拡大していることは明らかだろう。

そういう意味で、いまタレントが置かれている立場というのは、さながら新米トレーダーだ。「主婦だけど、話題のFXでお小遣い稼いじゃうぞっ♪」というのとよく似ている。カネの匂いに釣られて、浅はかな算段で、慣れない世界に踏み出すあたり、瓜二つだ。

はっきり言ってしまえば、持ちかけられたステマの対象がくだらない、下劣な商品だったら、タレント自らそれを紹介したときに自分自身の価値が毀損するリスクを計算し、リターンがそれに見合わなければ断るという普通の判断をすればいいだけの話なのだ。それを「ブログで紹介するだけで250万円!」みたいな甘言に乗せられてなんでもホイホイ紹介するから、過去培われてきた広告業界のバランスが崩れることになる。

これは、FXを始めたばかりの人が、リターンを求めるがあまり、ついついレバレッジを高めてしまうのと同じ構図だ。要はリスクを取りすぎなのだ。レバレッジを高めれば、ちょっとした値動きで元本に対して大きな収益をあげることができるが、逆もまた然りだ。例えば100万円の証拠金で100万ドル買ったとしよう。この場合、ドル円のレートが1円下がっただけで元本がほぼ消し飛ぶ。1円の値動きなどたった1日のうちに起こることも珍しくないから、いかに向こう見ずというか、アホな賭け方かご理解いただけると思う。

ペニーオークションをブログで紹介していたマヌケが一体どの程度の報酬を得たのかしらないが、彼らが被った損失を補填するために十分なものではないことは明らかだ。情報発信の敷居の低さから、ちょっとした気の緩みや刹那的な感情が表出しやすい一方で、デジタル化されているが故に情報の保存もなされやすいというのがインターネットの恐ろしいところだが、本人にとってなかったことにしたい事実ほど、以下のようにいつまでも証拠が残る。

[NS] なぜ芸能人はペニーオークションで落札できるのか?

彼ら彼女らが失ったものは消費者やナショナルクライアントからの信用であり、つまるところタレントとしての価値だ。ペニーオークションのウソ臭さに疑問を感じることもできない程度の知能しか持ち合わせていない人間だと思うと、どんなに乳がデカかろうが、もう一切の信用は置けないではないか。乳の話はいらなかった。

とにかく。これが、いまステマが問題化している理由ではないだろうか。要するに、タレントのトレード手法が拙すぎて、場が荒れているわけだ。「白、発と鳴かれてんだから中切るなよ、、」みたいなことだと言える。

無意味なポジションを取りすぎるタレントたち

以上が広告市場におけるタレントの下手糞トレードの事例だとすると、同様程度に下手糞なトレードはコンテンツ市場でも散見される。いわゆる、一般消費者の煽りというか批判色の強い感想をスルーできない問題である。

つい先日も佐々木俊尚氏が、ツイッターで同氏の悪口で盛り上がっていた馬の骨的な謎のギョーカイ人一同に突然絡みはじめ、深夜にかけて異様な盛り上がりを見せるという最高にどうでもいい事案が発生していた。同事案については、某切込隊長がまるで水を得た魚のように雄弁にまとめというか茶化していらっしゃるので、興味のある人は是非ご一読いただきたい。

「ノリタカヒロ×イケダハヤト」から佐々木俊尚無双にいたるウェブ論争獣道: やまもといちろうBLOG(ブログ)

果たして佐々木俊尚氏がタレントなのかというのは置いておくとして、こうしたタレントマジ切れ事案は、Blogが普及し始めたくらいからボチボチ顕在化しはじめ、ツイッターによってキャズムを超えた感がある。一見クレバーに見えるロンブー淳でさえ、「フォロワー8人のお前に影響力ない」という極めてラディッツライクなメッセージを一般人に送り付けたという話もあった。

まあ、私のような小物ですらこうしてブログを書いていると、やれ長いとかツマランとかエラそうだとかバカだとかアホだとかわけのわからんメッセージが届くことも少なからずあり、都度々々多少なりともイラッとしているので、マンツーマンの勝負であれば絶対負けることはないのだろうタレント諸氏がついつい売られた喧嘩を買ってしまう気持ちはわからないでもないのだが、自分自身を売り物にしている彼らが、一般消費者と対等の立場で口汚く罵り合うことで何か得をするというのは極めて考えづらいことだ。ある程度その人に対する批判的感想の抑止力にはなろうが、そもそも批判すらされなくなったら人気は底である。アンチは多少泳がせておいた方が合理的だ。

これは、前掲の例に倣えば、FXをはじめたばかりの人に見られる勝算もないのにただ中毒的にポジションを取り続けてしまう、いわゆる「ポジポジ病」の相似形だろう。FXもはじめたばかりの頃は、マクロ的な国際情勢がどうとか、はたまたチャート上のテクニカルなシグナルがどうとか、いずれにせよ何らかの筋道の通った仮説に基づいてトレードしていたはずが、トレードに熱中してきたり負けが込んできて冷静さを欠くと、ポジションを持つこと自体が目的化してしまう。ふと気づいたらパチンコを打っていた的な中毒状態と変わらないわけだ。

いくらインターネットの特徴が双方向性だからと言って、自身にとって不利益になるような対話に身を投じる義務などあるはずもない。無意味な煽りは冷静にスルーというのが、2ちゃんねる全盛の時代から変わらぬオンラインコミュニケーションの鉄則だ。

その点、初代ブログの女王と謳われ、はやくから双方向メディアを主戦場としてきた真鍋かをり女史あたりはしっかりわきまえているようで、先日も「悪口は言われ慣れすぎて、今では悪口を聞きながらプリン飲める」みたいな話から、いつの間にか当該プリン商品化の話になっていた。プリンは売れないと思うが、多少の悪口には動じない心は、ひとつの財産である。プリンは売れないと思うが。

ステマ規制はあるか

自分でもビックリするくらい長くなってしまったので、最後にステマ業界の今後についてサラリと触れて終わりにしたい。

私の見立てだと、この一連のステマ問題で一番カモにされているのはタレント含む媒体側ということになる。タレントのクチグルマに乗って余計な消費をしてしまった個人消費者も被害者と言えば被害者だが、さほど高額ではない一方、タレントが失った信用の価値は、なお大きいと思える。

胡散臭い成功譚で個人投資家外国為替市場という壮大な賭場に駆り立て、冷静さに欠けるダメポジションを丸呑みにすることで多額の利益を計上していたFX業界は、レバレッジ規制や分別保管規制など、数々の規制対象となる憂き目にあったが、ステマも同様の末路を辿るだろうか。

私は、そうはならないのではないかなと今のところ思っている。理由は、上述の通り主な被害者がタレントだと思っているからだ。個人消費者がカモにされていればこそ、世間はその保護に尽力するが、タレントというのは比較的強者に属するのであって、保護するには値しないというのが一般的な感覚ではないか。

どちらかと言うと、騒乱に乗じて一儲けした業者あたりが音頭を取った、自主規制という名の我田引水ルールが敷かれ、ひとつの利権化するというのが通例ではなかろうか、と思う次第。