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ソーシャルゲームを規制すべきでない理由 ※まとめ追記

前回のエントリーは、まあひとことで言ってしまえば、ウケ狙いで書いた所謂ネタエントリーだったのですが、エントリーアップ後しばらくして、元切込隊長ことやまもといちろうさん(39)から、何を間違えたのか興味深いお申し出をいただきました。

それはツイッター上での簡単なやり取りとなりましたので、以下にサクッとご紹介させていただきます。




唐突にアルファブロガー(死語)に絡まれ、俄かに狼狽して浮足立っている私が笑えるのは置いておくとして、ソーシャルゲーム規制についてのディベートを、とのことです。何度読んでも「納得ずくで」というあたりが微妙に恐ろしいのですが、アクセス乞食の泡沫ブロガーには実にありがたいお話ですね。こうなったら是非Dコーガイさんや池田N夫先生、Hックルベリーの人などの有名どころにも乱入していただき、凄絶な有刺鉄線電流爆破デスマッチの末に全員爆発して欲しいと切に願うばかりであります。

ということで、今日はソーシャルゲームを規制すべきでない理由について書いてみたいと思います。本当は先週書いてアップしようと思っていたのですが、シンガポールに旅行しており、食べたり飲んだりで大変忙しかったので今日になってしまいました。

なお、ディベートとのことなので、いつもより少し口語ぽく書かせていただこうと思います。そのためかわかりませんが、異常に長いです。また、申し上げているような趣旨なので、本エントリーにはオチというものもありません。長いのはまあ毎度のことですが、当ブログ恒例、無理矢理ひねり出した苦し紛れのようなオチを鼻で笑うことを楽しみにして読みにいらしていただいた方は、そっとブラウザを閉じていただくことを推奨いたします。

規制のメリット

さて。根っからの正直者なので最初に申し上げますが、私は、ソーシャルゲームを規制すべき大義というのは少なからずあると思っています。

青少年が、携帯電話を通じて日がなスロットやルーレットを模したガチャに興じ、ともすれば何十万もの支払いを迫られるという状況は、社会として決して望ましいものではありません。それこそ競馬やパチンコといった賭博場への出入りを禁じているように、または夜10時以降のゲームセンターの出入りを禁じているように、未成年者をある程度ソーシャルゲームから遠ざけるというのは、必要な措置であると認識しています。実際、私も自分の子供に対してそういう態度で臨むでしょう。

子供たちは、そもそも自分の財布を持たないので、リスクとリターンのバランスがわからず、下らないものに対してでさえ、ふとしたキッカケで大量の金銭を投入しがちです。また、経験の少なさゆえ、ソーシャルゲームを介して近づいてくる悪意に満ちた大人を、一瞥してスクリーニングすることもできません。そうした子供たちを、ソーシャルゲームのような社交場というか射幸場にみだりに出入りさせることは、ともすれば子供たちを破滅に追い込みかねず、多くの子供たちが破滅していく事態は、社会全体として大きな損失であると理解するところです。

子供の管理は親がすればいいと言うのはまったくそうで、私もそう思いますが、ソーシャルゲーム業界としても、子供たちを搾取してるという悪しきイメージを持たれないために、必要な規制というのはありえる話だと思うわけです。

ただ勘違いしてほしくないのですが、私は、ネット界隈でソーシャルゲーム憎しと怨嗟の念を撒き散らし、規制だ何だと声高に叫んでいる人たちのように、ソーシャルゲームを、詐欺であるとか賭博であるとか、そういった理由で規制すべきとは全く思いません。理由は、ソーシャルゲームが詐欺でも賭博でもないからです。

ソーシャルゲームは詐欺なのでしょうか。違います。詐欺とは、読んで字のごとく、事実を詐(いつわ)り、他人を欺くことによって、不当な利益を得ようとする行為のことです。ソーシャルゲームのユーザーは、ガチャが無料であると言われてカネを騙し取られているのでしょうか。何か月にもわたって?違いますよね。若しくはソーシャルゲームのユーザーは、あの変なビックリマンカードみたいなやつとか、変なおっさんがコスプレしたみたいな絵が描かれたカードではなくて、何か別のもっと素晴らしいもの(貴金属とか?)があたると信じてガチャを回し続けているのでしょうか。そんなはずないですよね。ソーシャルゲームのユーザーは、1回300円でガチャを回すと、ゲームで使えるカードが当たるとわかっていて、そして、それをゲームで使うのが楽しみで、ガチャを回すわけですよね。それは詐欺ではありません。対価の支払いです。

対価が高額すぎるということをもって、ソーシャルゲームを非難する人もいます。結構たくさんいます。でもそれって、あなたがそのゲームに興味がないから高額すぎると感じるのであって、そのゲームを心から楽しんでいる人にとっては、正当な金額なのかも知れませんよね。車でもロールスロイスとかベントレーとかってやたら高いですけど、あれも詐欺なのでしょうか。このようにお互いの主観をぶつけ合っていても正当な対価の水準にたどり着くことは困難ですが、これだけ長い期間にわたって、多くの人が納得して対価を支払い続けているという事実は、対価の正当性を証明するひとつのエビデンスになりそうです。

では、ソーシャルゲームは賭博でしょうか。これも違います。賭博というのは、一般に金銭などを賭けて偶然性の要素が含まれる勝負を行い、その勝負の結果によって、賭けた金銭などのやりとりをおこなう行為であるとされます。確かにソーシャルゲームにおいては、金銭を投じて偶然性の要素が含まれる「ガチャ」が行われます。しかし、投じられた金銭は単に事業者が総取りするだけで、勝負の結果に応じて分配されたりすることはありません。金銭は賭けられたのではなくて、支払われたのです。やはり、対価として。

RMT(リアル・マネー・トレード。ヤフオクなどを利用して、ゲーム内アイテムを現実通貨で取引する行為を指す。)があるから、ソーシャルゲームは実質的に賭博と同じだと言う人がいます。本当に多いです。でもこのRMTというのは、要するにセカンダリーマーケットなんですね。「ドリランド」のカードを、本当に魅力的だと思った第三者が、自らの判断でそれを買い取っているに過ぎないわけです。セカンダリーマーケットで換金が可能なものなんて、世の中には本当にたくさんあって、それこそ遊戯王カードやガンバライドカードなどのトレカものは大体そうですし、株式なんかの有価証券もそうです。本もパソコンも自動車も住宅だってそうです。これ全部賭博ですか?そんなバカな話があるはずがありませんよね。パチンコ屋については、「ケイヒン」と呼ばれるあの何に使うかよくわからない謎の箱を、驚くほど簡単な審査で、しかも無制限に買い取ってくれる正体不明の業者が、たまたまパチンコ屋のそばに、パチンコ屋と1対1対応で存在しているという凄まじい不自然さから、「それはさすがにパチンコホールとグルでしょ(=事実上パチンコホールが賭け金を分配しているでしょ)」という弁が成り立つわけですが、同じ理屈をソーシャルゲームにも当てはめるのは不可能です。

ですから、ソーシャルゲームを規制すべき理由は、やはり一点のみです。上で述べた通り、放置することで社会の風紀が乱れ、結果として児童が犯罪の被害に遭ったり、少年の非行が増加したりするからです。他にはないと思います。

規制のデメリット

話をここで終えると、ソーシャルゲーム規制すべしということで早々に決着がついてしまいそうですが、私は規制に賛成するつもりはありません。ソーシャルゲーム規制には確かに大義がありますが、デメリットも存在するからです。要するに、規制にはメリットもあるもののデメリットのほうがなお大きいと、私はこのように主張したいわけです。

規制のデメリットというのは、言うまでもありませんが、市場の機能を鈍らせ、産業の発展を妨げることです。

これは経済学の大原則の話ですが、市場には神の見えざる手と言われるような自律的な調整機能があって、それは需給のバランスを活用してものごとを望ましい水準に収めるように作用するとされています。個々人の合理的な行動が合わさることによって、全体としても合理的な結果が生じるわけです。だから、政府はなるべく余計な口を挟まず、市場に任せるというのが本来合理的なはずなのです。これは、長きにわたる経済学者による研究の偉大な成果の一つです。

ただし、当然、市場も万能というわけではないですから、大原則にも例外があって、例えば情報の非対称性や外部性がそれに当たります。市場参加者の間で情報に偏りがある場合は、公正な取引がなされず、結果として市場はうまく機能しません。情報量に劣る参加者が、一方的に損失を被りやすくなります。また、取引の影響が市場参加者以外に及ぶ場合、その影響が市場形成に反映されませんから、市場は、参加者以外の人に損失を押し付けるようなカタチで均衡してしまいます。ちなみに、上で述べたソーシャルゲームを規制すべき理由も、外部性によるものの一形態であるとして整理が可能でしょう。例えば工場排水による水質汚濁が周辺住民の健康被害を起こすように、ソーシャルゲーム界隈の風紀の乱れが児童買春などの犯罪を引き起こすからです。

規制のデメリットの話でした。規制が産業の発展を妨げるとはどういうことでしょうか。

例えば、ユーザー数が8億人を超えたとか、IPO時の時価総額が8兆円だとか言われ、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いのfacebookですが、あれはもともと出会い系サイトでした。「でした」、と一応気を使って過去形で書きましたが、今も出会い系といえば出会い系かもしれません。試しに日本における出会い系の定義を見てみましょう。次の通りです。

異性交際を希望する者の求めに応じ、その異性交際に関する情報をインターネットを利用して公衆が閲覧することができる状態に置いてこれに伝達し、かつ、当該情報の伝達を受けた異性交際希望者が電子メールその他の電気通信を利用して当該情報に係る異性交際希望者と相互に連絡することができるようにする役務を提供する事業をいう。
インターネット異性紹介事業を利用して児童を誘引する行為の規制等に関する法律

まず、「異性交際を希望する者」ですが、これは大体みんなそうですよね。で、その大体みんな「に関する情報をインターネットを利用して(中略)伝達し」とありますが、みなさん恋愛対象が女性だとか男性だとか彼氏が欲しいとか彼女が欲しいとかそういうプライベートをfacebookに載せて他人に伝達してますよね。で、そういうプライベートな「情報の伝達を受けた異性交際希望者が(中略)連絡することができるようにする役務を提供する事業」が出会い系だということですが、facebookって、気軽に友達申請とか送れて超Coolですよね!あ、出会い系ですね。

何が言いたいかと言うと、果たしてfacebookが「出会い系」というレッテルを貼られていたとしたら、現在のような成功を遂げることはできたのかということです。日本では、上で見たように出会い系の定義はかなり広範に設定されており、かつその社会的イメージはかなり低いわけです。そういう中で、レピュテーショナルなコストを負担しつつ、facebookのような一大事業が生まれ得るのでしょうか。

mixiもamebaもGREEmobageもそうですが、日本でははてなを除く名だたるSNSはみんな出会い系の誹りを受けてきました。それもそのはずです。出会い系の定義がやたら広いからです。そして、次の節でもまた詳しく見ていきますが、日本の法律における出会い系というのは、犯罪の温床となる純粋な「悪」であり、「発展させるべき産業」としては全く位置づけられていません。

facebookの業績は確かにすばらしく、通期の純利益は1000億円に迫るそうで、これはグリーの約2倍にあたります。ところが時価総額でみると、facebookのそれはグリーの約15倍です。全てがそうだとは言いませんが、この差はグリーの規制リスクに起因するところも少なからずあるでしょう。時価総額がこれだけ違えば、調達できる資金の量も当然まったく違ってきます。資金の調達がうまく行えなければ、いくら事業が有望であっても会社として大成しないことは明らかです。日本からは、米国のようにグローバルに成功するベンチャー企業がなかなか出てこないと嘆く声が比較的多くあります。私はこの原因として、ちょっと儲かるとすぐ規制が入るという日本の悪しき伝統、嫌儲の風習があるように思えてなりません。

要するに、これが規制のデメリットです。

良い規制と悪い規制

規制にはメリットもあるがデメリットもあるという話をしてきました。メリットがデメリットを上回るのであれば規制すべきということになりますし、デメリットが上回るのであれば規制はすべきではないということになります。これから、ソーシャルゲーム規制ではデメリットの方が大きいという話をしていこうと思います。

規制には、良い規制と悪い規制があります。良い規制は、規制のデメリットを最小限に抑えながら、規制のメリットをしっかり享受できる規制で、悪い規制はその逆です。

ソーシャルゲームに対する規制が良いものになるのか悪いものになるのかを予想するために、現在既に施行されている法律のトレンドを見てみましょう。以下に引用するのは、我が国における主要なインターネットサービス関連規制法である、いわゆる出会い系サイト規制法と青少年インターネット規制法のうち、それぞれの目的、つまり法律としてのコンセプトを定めた条文です。

第一条(目的)
この法律は、インターネット異性紹介事業を利用して児童を性交等の相手方となるように誘引する行為等を禁止するとともに、インターネット異性紹介事業について必要な規制を行うこと等により、インターネット異性紹介事業の利用に起因する児童買春その他の犯罪から児童を保護し、もって児童の健全な育成に資することを目的とする。
−インターネット異性紹介事業を利用して児童を誘引する行為の規制等に関する法律

第一条(目的)
この法律は、インターネットにおいて青少年有害情報が多く流通している状況にかんがみ、青少年のインターネットを適切に活用する能力の習得に必要な措置を講ずるとともに、青少年有害情報フィルタリングソフトウェアの性能の向上及び利用の普及その他の青少年がインターネットを利用して青少年有害情報を閲覧する機会をできるだけ少なくするための措置等を講ずることにより、青少年が安全に安心してインターネットを利用できるようにして、青少年の権利の擁護に資することを目的とする。
−青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律

上記2法、非常に特徴的だと思うのですが、お気づきでしょうか。例えば、私が大好きな金商法では当然、「金融商品取引業を行う者に関し必要な事項を定め」ることで「国民経済の健全な発展」に資することを目的とすると書いてありますし、貸金業法にだって「必要な規制を行う」ことで、「国民経済の適切な運営に資する」と書いてあります。あまつさえ風営法ですら、「風俗営業の健全化に資する」ことを目的に据えているのに、上記2例では、児童や青少年の保護のみが専ら謳われるばかりで、産業の育成や社会の発展という大目標が一切出てこないのです。まるで、インターネットこそは純粋な悪であり、その脅威から児童や青少年を守ることこそが、偉大な正義たる法と警察の役目だとでも言わんばかりです。

この違いは、一義的には、金商法や貸金業法が業界に対する直接の規制であるのに対し、インターネット関連規制はあくまで、インターネットサービスを利用した犯罪行為を規制するという建て付けになっていることから来るのでしょう。ただ、そもそもああゆう長ったらしい名前を冠したうえで、そういう周りくどくてややこしい趣旨の法律を用意しなくてはならないあたりに根本的な問題があるように感じるのです。

インターネットサービスがもし純粋に悪であると判断するなら、それはもう刑法で禁ずるべきだし、デメリットはあるものの産業として有益だと判断するのであれば、社会との共存を目指した前向きなルールを設けるべきです。にもかかわらず、単にPTAの抗議に流されただけのような、ああゆう中途半端な何ともいえない法律がつくられてしまうのは、そういう判断ができないことの証左であると言えるのではないでしょうか。

思うに、結局本邦政府関係者はインターネットのことがよく分からないのでしょう。少なくとも、社会を構成する重要な要素であるとか、今後の発展が望まれる有望な産業であると言った認識はなく、何となく社会の外側、つまりバカと暇人のものだと位置づけているフシはあると思います。

この背景には、おそらく年齢的な制約もあることでしょう。年老いてからまったく新しい概念を受け入れるというのは、かなり敷居が高いことです。であればいっそ、Yahoo!の井上社長がそうしたように、若い世代に後を譲るというのがあるべき指導者の姿だと思いますが、日本の政治家はそれもしません。理由は有権者も高齢化しているからです。

悪い規制よりは何もない方がまだマシ

上述したような現状を踏まえる限り、私はソーシャルゲームを規制すべきではないと言わざるを得ません。

悪い規制というのは理念に欠けるため、とかく暴走します。ソーシャルゲー厶界隈はいま、多額の利益を稼ぎ出していますが、警察庁はこれを新たな利権にしようとしているのではないのでしょうか。それこそ、パチンコをそうしたようにです。彼らには前科があるのです。

規制の目的が利権の確保へと流れてしまうと、当初の保護法益などはあっという間にどこかへ行ってしまいます。主要な繁華街の一等地と言うのは、いまやほとんどパチンコホールなわけですが、あれは果たして風紀を乱していないのでしょうか。国民の射幸心を煽り、勤労の美風を損い、国民経済の影響を及ぼしてはいないということなのでしょうか。

シンガポールや香港(マカオ)といった新興国は、ギャンブルを禁じる一方、国営のカジノ施設を設け、観光客の誘致につなげていますが、日本の薄汚いパチンコホールには、そのような国際的な競争力も一切ありません。パチンコを目当てに日本を訪れる外国人観光客とか、見たことも聞いたこともないですよね。そもそもパチンコホールは、国内の証券取引所に上場することすらままならないわけです。理由は、法的にグレーだからです。こんな中途半端な規制に何か意味がありますか。

どうせこんなことになるのだから、もう規制など一切不要であると私は強く主張したいのです。

確かに、私も、冒頭で述べた通り、自分の子供がソーシャルゲームを通じて何らかの被害に遭うような状況は何としても避けたいとは思っていますが、それは私が子供をきちんと監視して制御すればいいのです。幸い、携帯電話は物理的な人間よりもトラッキングし易いわけですから、自分の子供がソーシャルゲームに近づかないように見張ることは、子供がゲーセンや賭博場に出入りしないように見張ることよりも、ずっと容易です。

必要な規制を行わないことによって、業界の信頼は落ちぶれ、結果的に業界自体消え失せるようなことはあるかもしれません。ただ、反対に、自主規制によってうまく折り合いをつけるということもあるかもしれない。いずれにせよ事業存続のリスクは低くはありませんが、それでもやはり警察の利権として生簀で飼われるよりは、よほどマシではないでしょうか。もし万事うまく行けば、日本から国際的な優良企業が新たに生まれるという大きなリターンを享受できる可能性もあるわけですから。


まとめ(4/6追記)

読み返してみると想像以上に冗長でしたので、まとめておきます。

まず、規制にメリットはあります。それは社会の風紀を正常に保ち、青少年を保護することです。

反対に規制にはデメリットもあります。それは産業の発展を妨げることです。

規制によるメリットの実現にはリスクがあります(規制してもメリットが実現しないという本末転倒な事態が起こり得ます)。なぜならオンラインのことをよくわかってない人が、よくわってないままに自己の利益だけを考えて規制を行う可能性があるからです。

最低限の保護法益だけを見据えたシンプルな規制にすれば、規制によるメリットの実現に際してのリスクを減少させることができますが、年齢による利用制限などのシンプルな規制であれば、自主規制や保護者の監視で十分に代替できる以上、政府の出番はありません。

上記を総合すると、規制によるデメリットが小さくない割にメリットはあまりないので、規制をするべきではありません。

以上です。

参考

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経済学の基礎を習熟するための良書。冒頭に纏められている「経済学の十代原理」は覚えておいて損はないという感じ。上記は「第6原理:通常、市場は経済活動を組織する良策である」及び「第7原理:政府は市場のもたらす成果を改善できることもある」から。