読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる


今更ながらにシン・ゴジラの感想

先週、いや先々週だったか。どっちでもいいが、超久しぶりにブログを書いた。
バチェラーについてである。なんだよバチェラーって、という感じではあるし、我ながらぬるすぎる構成に雑なオチを取って付けたひどいものだ。反響も、その昔めっちゃ気合い入れてブログを書いていた時期からすれば、比較的少なかったと言わざるを得ない。

ただ、なかなか良かったと思ってる。自分はやはりブログを書くのが好きなのだな、などとも感じている。
何が良かったかって、単に自分が思っているだけのことでも、人目を多少なりとも気にしつつ文章化すると、なんだかスッキリするじゃないか。散らかっている洋服を洗濯して、畳んで、収納する感覚に似ている。そうすると、次に着るときに着やすいのである。先週自らの感想を整理しておいたおかげで、今週のバチェラーは、普段よりもさらに、より素直に楽しめたような気がする。久保くん。ちょっと気抜けすぎ。



ということで、ちょっと今日もひとつ、映画の感想でも書いてみようと思ったのである。映画。そう。シン・ゴジラだ。去年、息子を連れて映画館で鑑賞した。息子とは共有しきれず胸に秘めてあった感想を折角だからここに書いておこうと、そういう話である。

最初に言ってしまおう。なんだかイマイチだったなというのが私の感想である。ただ、これをちょっとそのままシンプルに表現すると、だいぶほとぼりは冷めたとはいえ、代わる代わるいろんな人からアンチ乙の烙印を押されてしまうことを私は知っている。慎重に整理していきたい。

最初に申し上げたいのは、リアリティの問題である。

いくつか気になった点がある。

序盤、ゴジラが突然海底からあらわれる。未曽有の事態である。パニックは必至。官邸も対策に追われる。そんな中、あの主人公みたいなやつ。いきなり「巨大生物ではないでしょうか」と。「ネットではみんなそう言ってます」みたいな。アホなのか。
たまたま実際に巨大生物だったからいい。もし違ったらオオカミ少年やオオカミ大統領のレベルではない。巨大生物オジサンである。なんだそれ。リスク取りすぎだろ。と、思った。

総理も、なんだかよくわからない状況のまま、会見で「上陸はあり得ません」と宣言する。たぶん、ミスター原発アンダーコントロールへの揶揄だとは思う。揶揄だとは思うのだけど、それにしても勇み足がすぎる。見たこともない生物だぞ。もうちょっと明言は避けるだろう、いくら安倍さんでも。

極めつけは、まあみんな思うと思うんだけど、石原さとみである。なぜ石原さとみなのか。別にいいじゃないか。河北麻友子でも。要するに英語喋れる人にしとけよって。むしろ外国人でもよかったのではないか。なぜあそこにわざわざあんなに中途半端な突っ込みどころを配置したのか理解に苦しむ。それだったらいっそのこと思い切って友近ブルゾンちえみあたりを配役した方が意図が明確でよかったのではないだろうか。


ただ、実はリアリティの問題などは、これから記す件の前では些末な論点に過ぎない。

私にとってより深刻な問題は、ゴジラの扱いだ。端的に言おう。ゴジラは、私にとってヒーローなのである。

キングギドラビオランテをやっつけてもらった記憶。ただひたすら強いというあからさまな主人公補正。やっつけたらスゴスゴと海に引き上げていく都合のよさ。実に少年漫画的である。

その意味で、他のシン・ゴジラフリークの方々と同様、今作においての最大の見どころはあの放射熱戦の大奮発で東京を火の海にするシーンであった。おいおいと。庵野秀明、わかってるじゃないかと。そうそうゴジラってのは無敵なんだよと。さあそのまま世界を焼き尽くせと。オジサンゴコロにも気持ちの昂りを感じたわけである。

それがどうだ。その後のゴジラときたら。エネルギー切れで2週間の絶対安静。お婆ちゃんか。

そんな2週間も寝てたらいくらなんでもやられちゃうだろとハラハラしていたら言わんこっちゃない。爆弾を積んだ電車に突進されて体制を崩した隙に変な薬を流し込まれ、あえなく生命活動停止である。

残念。これはもう、ただただ残念である。バンカーバスターを撃ち込まれてブチ切れた直後、あのときのゴジラは間違いなくシリーズ最強だった。さすがのメカキングギドラもあれには敵うまいと思わせる圧巻の火力。これはもうやばいぞと。どうしようもないぞと。そういう絶望感が漂う火力だった。それがあんなにあっさりカガクリョクみたいなわけのわかるものに屈してしまうとは。情けない!実に情けない!

ついでに言えば、あの意味不明なラストも気になるではないか。

散々事前情報で衝撃のラストみたいに言われて身構えていたのもあったかもしれない。こんなあっさりゴジラがやられるはずなかろうという思いもあっただろう。なんかもっと、他の国は全部とっくに他のゴジラに滅ぼされてました級の、超特大風呂敷おっぴろげエンドを期待してしまっていた。肩透かしである。ん?人間?なにが?みたいな。


ここまでで、私の言っていることが真面目な批評などではなく、単なる趣味の押し付けであることはよくわかっていただいたと思う。ついては、どういうお話だったら自分はもっと楽しめたという妄想でもって、今回のお話を締めたいと思う。

映画はリアリティがあった方が楽しみやすい。これはそうだと思う。

そして、ゴジラはヒーローだ。これも間違いないだろう。

これらを勘案すれば、取り入れるべきプロットは、水戸黄門だったのではないか。

ゴジラ登場でバタつきながらも保身と金儲けばかりを考える悪代官こと人類。

印籠さながらに絶大なる威力を発揮する放射熱戦。

諸国を漫遊し、圧倒的な力で「悪」を排除するゴジラ

人類による支配の終焉

あとに残る野生動物たちの楽園

すごーい!ゴジラは放射熱戦が吐けるフレンズなんだね

何の話だ。