美意識と合理性の間で

今日は、殺伐としたビジネスの場における憩いの時間である、ランチタイムでのとある出来事について考察を進めてみたい。

先日の話、私はランチタイムに会社から程近い洋食屋さんに行こうと心に決めていた。これはおそらく、週末のテレビ番組で流し見した”洋食屋さんのメンチカツ”が脳にインプリントされていた故だと思う。昼食をともにすることとなった会社の先輩諸氏に対する洋食屋さんの提案を成功裏に終え、かつランチのピーク時を避けるという作戦も見事にはまり、かなりスムーズに席につくことが叶った私は、揚々とメニューを眺めていた。

その洋食屋さんのランチタイムの目玉は、盛り合わせセットと名づけられたセットメニューである。これは、数あるメニューのなかから任意の2種類を選ぶことで、それらを組み合わせたカスタマイズされた定食を楽しむことができるというものだ。2つのメインディッシュを同時に楽しむことができるというお得感と、組み合わせの膨大さから来る飽きのこなさから高い人気を誇る、同店の看板メニューである。

組み合わせ対象となるメニューとしては、まさに私の目的であったメンチカツをはじめとし、エビフライやかにクリームコロッケ、カキフライ、ロースカツ、生姜焼き、ハヤシライス、カレーといった昔ながらの洋食屋さんの定番メニューが揃えられ、そのラインナップは実に豊富といえる。具体的な数字で表すと、総数で20以上はあったかと思う。

さて、かくして淡々とメンチカツの相方を探していた私であったが、ふとメニューの端に記載された次のような興味深い但し書きが目にとまった。

ハンバーグと和風ハンバーグの組み合わせはできません。
カレーライスとハヤシライスの組み合わせはできません。

どうだろう。

なにか、合理性の束縛を脱した、料理人の美意識のようなものを感じないだろうか。ハンバーグと和風ハンバーグは言わずと知れた”要は同じもの”であって、その組み合わせを禁じている様からは、それらを組み合わせたところでなにも新しいものは産まれ得ませんよという強い意思を感じる。そして、カレーとハヤシライスの組み合わせ禁止は、おそらくご飯のうえにかけて提供するスタイル*1の限界からくる盛り付け美学の崩壊への拒絶だろう。

そして、これらの組み合わせを「できません」とまで明確に言い切り、その啓蒙の強度を「ルール」にまで昇華させてしまうその態度。ハンバーグと和風ハンバーグというどこか愚かな組み合わせを注文する顧客の愚行権を、いともたやすく切って捨てるその潔さに、私は美学を感じたのだ。

そうした崇高にも思える美意識と、盛り合わせセット890円というお値打ち感の非対称性が、私にはどこか面白おかしく感じられた。


さっそく諸先輩方にもその非対称性からくる微妙な違和感を弁舌に紹介し、ひとしきり場を盛り上げたあと、いざ注文をというはこびになったわけだが、一連の出来事ですっかり気分を良くしていた私は、ついメンチカツと和風ハンバーグの盛り合わせを注文してしまった

これはまさに”してしまった”のだ。この注文は迂闊であった。そのことに気がついたのは、メンチカツを半分ほど平らげ、さて気分を換えてと和風ハンバーグにとりかかったそのときである。

そう、2つは基本的に同じ味だったのだ

私が気分転換にと口に入れた和風ハンバーグの食感並びに風味は、まさに先ほどまで食していたメンチカツから衣をとっただけという様相であった。言うまでもなく、このサプライズは私にとって大きな落胆とともに迎えられた。ハンバーグを頼むなら揚げ物はエビフライやカキフライにすべきだったし、メンチカツを頼むならもう一方はあまり油っこかったり、肉々しくない、それこそカレーやハヤシライスをチョイスすべきだったのだ。

自分の注文の迂闊さについて後悔の念に駆られた私は、結局件の但し書きは、料理人の美意識というよりもむしろ、顧客のうっかりミスを解消し、その満足度を高めるための細やかな気配りだったのだと思い至り、そうであればメンチカツとハンバーグの組み合わせについても一言喚起して欲しかったという見当違いの不平を抱えたまま、そそくさと店を後にした。


あの但し書きを不相応に崇高な美意識などとして笑いの対象にせずに、あれだけ膨大なメニューがあるのであれば相反する組み合わせが必ずあるという当然の事実に対してもっと真摯に向き合っていれば、あのような悲劇は防げたかもしれない。

私は店の親切心を拡大解釈して笑いものにしたことによってその親切心を見過ごし、過剰にひき肉を堪能するという余計なコストを払わされたわけだ。これは、無駄に広げた風呂敷はいつか自分でたたむことになるということを表す良い教訓ではないだろうか。


どうでもいいが、私の隣にいた大先輩は、なぜかカキフライのお供のキャベツをそっくり最後まで残し、「おれキャベツ苦手なんだよね」とか言いながら嫌々食べていた。ああ、嫌なことを後まわしにして後悔するタイプなんだな、と思った。

*1:別皿での提供ではない。