郵政国営化、「真の目的」

亀井静香郵政改革・金融相が主導するかたちで、小泉元首相らが推し進めた郵政の民営化路線は着実に巻き戻され、郵政は国営化へとすすんでいる。つい先日は、日本郵政の社長として、元三井住友銀行頭取の西川氏に代えて、元大蔵事務次官の斉藤次郎氏を起用する方針が固まった。

こうした動きを受け、方々で亀井大臣の「真の目的」なるものを推し量る動きが活発化し、これについてはかの池田信夫先生も例外ではなくアゴラに次のような記事を書いていた。

今回の郵政国有化は、こうした危機に際して、日銀に代わって郵貯が国債を買い支えることによって暴落を防ぐための危機管理体制とも解釈できる。これ自体は、ある意味では合理的な政策だ。国債の暴落やハイパーインフレのような形で日本経済が崩壊することを避けるために財務省が日本郵政を国営化したのだとすれば、財政危機はかなり深刻な局面にあると推察される。

郵政国有化の示唆する「次の危機」 - 池田信夫 : アゴラ - ライブドアブログ

同様の意見については、各所で見られるようだ。以下ロイターニュースからの引用。

株式市場では「新政権下で、財政ファイナンスの道筋がまだはっきりせず赤字を減らすメドが立たないまま、消費税を引き上げるまでの向こう3年間程度は国債増発の流れにある。郵政マネーはかっこうの受け皿となりそうだ」(国内投信投資顧問)との声が複数出ている。

郵政マネー、市場は亀井担当相/斎藤社長の「寝技」警戒 | Reuters


さて、本日は上記のような見解があまりにインチキくさいので、少し思うところを書いておくことにした。結論というかオチは最後に書く。

郵貯による国債買い支えは有意か

可能か不可能かと言えばそれは可能だろうが、大した意味はないのではないだろうか。理由は単純で、郵貯は既にほとんど全部の資産を国債の購入にあてているから。

郵貯の財務諸表を見ればすぐわかるが、確かに有価証券の運用残高は172兆円とまさに超が付くほど巨大だから、これを自由に使えたらと垂涎する気持ちはわかる。

ただ、上記資産運用の内訳としては、国債が157兆円で、地方債が7兆円、合計すると164兆円にもなる。つまり、このうえいかに国債を買い増そうが、一桁兆円にとどまることは確実なのであって、ハイパーインフレのような大暴落を買い支えることを考えると、かなり頼りない。

民営化によって、国債での運用割合が下がることを食い止めるためだという議論もあるかもしれない。事実として民営化の決定後、国債での運用は相対的に減少し、社債や株式などの高利回り商品が徐々に増えていたはずだ。

ただ、増えたといって上記のような割合である。要するに、あれだけ巨額の資産を安定して運用できる先などそうそうありはしないわけだ。例えば10兆円を株式で運用したとしすると、たかだか10%値下がりしたら1兆円の損がでることになる。ただでさえ鳩山邦夫とかにいじめられがちな日本郵政社長というハイリスクなポジションにあって、なぜさらにそこまで巨額のリスクを抱える必要があろうか。役員報酬を1兆円くらいにしてもらえば割りも合うかもしれないが。

よって、郵貯銀行を民営化したからといって、そう簡単に国債の保有残高が劇的に下がるなどということはあり得ない。

政府としてはカネが欲しいのであれば、郵貯を国営化して、国家公務員のリソースをつぎ込んで、非合理な経営も省みずに肥え太らせて、ようやく資産運用の一部に口が出せますなどというショボイことをするよりも、ぱっぱと民営化を済ませ、株式を公開させ、保有株式を売り払ったほうがよほどカネになるのではないか。

そもそも日本国債の暴落とか現実的か

最近、「国債の金利が急騰*1!支出増による財政悪化で破綻懸念も!ハイパーインフレ!!」とか言う話をたびたびみかけ、確かに可能性はなくはないとは思うものの、そこまで異口同音に騒ぎ立てるほど現実的な話かと言われればさすがにそれはちょっと違うのではと思っている。

金利が急騰という煽りがどういった事実に基づくかといえば、長期金利が0.2%くらい騰がって、1.4%になったことだそうだ。随分かわいいハイパーインフレである。これがインフレ懸念なら、長期金利が3%以上もある米国はいったい何懸念なのか。

おそらくこうした論調というのは、民主党のばら撒き政策を特徴付けるような、なにかわかりやすい因果関係を持った事象はないかという恣意的な議論のなかで出てきたものだと思われるが、右のチャートを見ればわかるとおり、日米の金利は大体同じような動きをしているわけで、米国の属国たる日本の民主党が多少ばら撒きを表明したとかその程度で米国の金利が上がるなどは考えづらく、そう考えれば今般の金利上昇*2にはもっと別な理由があるはずと考えるのが素直なところである。なんにでも因果関係をこじつけて物語化し、あることないこと騒ぎ立てるのは庶民の悪い癖だ。

また、右のチャートは主要通貨の対円での値動きを表したものだが、見ればわかるとおり、近年すべての主要通貨が対円で暴落している。「円」は、他の主要通貨に対して大幅に買い越されているという意味だ。

さらにわかりやすく言えば、これは「円」が世界から安全資産として高い評価を受けているということだ。市場が混乱し、マーケットが動揺し、ファンドマネージャーが損失を被ると、市場参加者のリスク許容度は低下する。損をするのが怖いから、値動きのおとなしい資産に資金を移動させる。そういうときに選ばれる資産が「円」だと言うことだ。日本は対外債務がほとんどなく、財政が健全だから、もしものときの資金の逃避先として機能しているということだ。

であるからして、わが国が世界に先駆けてハイパーインフレのような状況に見舞われるなどという事態は、まずもって考えにくい。少なくともイギリスあたりがデフォルトしたくらいの段階で、もしかして日本も危ないのかなと考え始めれば間に合うというレベルだと思う。

郵政国営化の本当の理由

特に理由なんかない。ただの意地と思い入れである。

以下の記事が端的にそれをあらわしている。

亀井静香金融・郵政改革担当相が30日の参院代表質問で答弁に立ち、涙を浮かべる一幕があった。政府はこの日、日本郵政株式売却凍結法案を国会に提出。宿願の郵政民営化見直しが具体的に動きだし、感極まったようだ。

「きょう民営化見直し第1弾の法案を提出した」と切り出した亀井氏は、自民党を離れた後、共に国民新党を結成した綿貫民輔前代表らの名を挙げ「山の中から島まで張り巡らされたネットワークをずたずたにする政治を絶対許さない思いで頑張ってきた」と熱弁。

日本郵政の西川善文前社長辞任に触れ「政治が間違った方向を示す中で仕事をすることになり、お気の毒でもあった」と思いやる余裕も。答弁は8分半にも及び、江田五月議長から途中で「簡潔な答弁を」と求められた。(共同)

亀井担当相が涙の答弁、郵政民営化見直し - 政治ニュース : nikkansports.com

これが単なるポーズで、本当は全然こんなこと思ってなくて裏では実は郵貯マネーで国債を買い支えることを考えているのだとしたら、それはそれで大したものだと思う。迷彩は完璧だ。

というか、そんな崇高なお考えがあるのであれば、「山の中から島まで張り巡らされたネットワーク」なんかよりそちらに触れたほうがまだマシだと思う。

どこにでもいる頑固で思い込みの強いちょっとアレげなおじいちゃんが、奇跡的に時流に乗って、終に思いを遂げたのだというだけの話である。あの年で時流に乗れるのかといのは確かに感心するが、別に騒ぐほどのことじゃない。

追記

dgwingtong 『だから余計困るんで無いの、何の展望もないままそんな事で郵政いじられても』 2009/11/01

はてなブックマーク - dgwingtong のブックマーク - 2009年11月1日

確かに。一理ある。

ただそれほど心配はいらない。どうせなるようにしかならない。旧国鉄やJALのように、本当に行き詰ればそれなりの人が集まってきて、それなりの対処がとられるからだ。

郵政がかようにお笑い政治劇場のネタ化しているのは、まだ多少の余裕があるからだろうと推測される。

*1:国債暴落と金利急騰はまったく同じ意味です念のため。

*2:そもそも上昇というほど極端に上がっているわけでもないがとりあえず。