マーケットから見た「リフレ派」の誤謬

はっきり言って、我々マーケットサイドに言わせると経済学なんていうものはただのそびえたつクソのようなもので、マーケットの動きを予想したりするには何の役にも立たない*1わけですね。マーケットを読む上で大事なのは科学や工学ではありません。雰囲気です。マーケットとの対話とかよく言いますね。あれです。

ということで、今巷で話題の「リフレ派」なる方々(以下単に「リフレ派」と言います。)の主張についてここ数日でお勉強させていただいたので、頭書のようなマーケット寄りの視点からひとこと言わせていただきたいと思います。

結論から言うとリフレ派が主張する政策を実行すると、国債及び円は投げ売られ、日本経済は再起不能になると思います。というかそういうリスクが高い政策と思います。順に説明します。

「リフレ派」の主張

私が観測した限りにおいて、リフレ派の主張は大体以下の通りです。ですので、ここが間違っていたら意味ないのでご指摘下さい。

  1. バーナンキの背理法にもある通り、貨幣の供給を際限なく続ければ、必ず「インフレ」になる。
  2. インフレのターゲットを調整して、「マイルドインフレ」にソフトランディングすればよい。
  3. 最悪ハードランディングのような状況になっても、デフレよりはまし(?)*2

概ねこんな感じかと思います。

インフレになるか

上記1の主張について。貨幣の供給を際限なく続けていけば、それはいつかはインフレになるでしょう。いや、これは間違いない。極端な例としては、先日紹介したとおりですが、政府が偽札の規制をやめるなどすれば途端にインフレになります。同じ理由で政府が利払いや物価など気にせず、バカのひとつ覚えみたいに貨幣を刷り続けたら必ずインフレになるわけです。ここまではリフレ派の主張は完全に正しいわけですが、アタリマエすぎて何も言ってないに等しいという類いの主張です。問題はその後です。

インフレは物価の問題か

さて、インフレの調整は可能かという本題に入る前に、リフレ派の人が誤解しているのではと思しき点をいくつか説明しておきます。

まずひとつめは、インフレを単なる物価の話に勝手に限定しているように見受けられる点です。インフレ及びインフレを目指した貨幣供給は、国債や為替などのマーケットに対して、直接的かつ甚大な影響を及ぼします。そしてその影響こそが、私が制御不能であると言うものです。

私が、リフレ派に誤解があるのでと思った理由は、以下のよう言説を目にしたためです。

1.物価はそれほど素早く調整されないから、フィードバックを受けてゆっくり調整すればいい説

ハードランディングを心配する人には、市場関係者(日銀出身者やら証券会社出身者など)が多い。株式市場や債券市場ではちょっとした予期せぬニュースで価格が乱高下するからだ。素早い価格の変化はこういった「市場」の特徴であるわけだが、それを単純に「物価」に置き換えるのは問題だ。物価がそれほど早く調整されるならば、そもそも不景気などにはならない。貨幣の中立性が成立するからだ。

徒然なる数学な日々 at FC2 |日銀のバランスシート
2.日本は供給が十分にあるからハイパーインフレにはならないよ説

ジンバブエでハイパーインフレが起きたのは、供給不安があるから。現在の日本のいったいどこに供給不安があるのだろう?ジンバブエと違って、日本には供給の深刻なボトルネックなどないよ。

はてなブックマーク - 分裂勘違い君劇場管理人のブクマ - 2009年11月9日

これらはもう圧倒的に間違っています。将来のインフレ不安やデフレ不安を真っ先に反映するのは、国債の先物市場や為替市場です。物価なんていう抽象的なマーケットに話を限定するのはあまりにも愚かです。国債や為替市場では腕のいいトレーダーたちが、日夜将来の金利動向やら物価指数やら何やらを必死で分析し、相場を張っています。インフレやデフレの徴候に真っ先に反応するのはこの人達です。小売店や飲食店の店長ではありません。

ですから、こういう金融政策の議論をするときには、インフレかハイパーインフレかなどという抽象的な命題について語らうのではなくて、国債なり為替なりのマーケットへの影響についてこそ精緻に議論すべきです。

国債価格は経済に関係ないか

もう一点、リフレ派が勘違いしてそうなポイントがあります。国債が暴落することのデメリットです。国債暴落のデメリットをあまりにも軽視しているのではないかと思っています。以下のような言説が確認されています。

3.国債なんか暴落しても経済に関係ないよ説

> 国債が暴落したらその時点で経済はお終いだと思います。
なぜでしょう? 国債は国が発行する債券以上の意味はありません。国が高い金利を払わなければ国債がさばけないくらい国内の投資が活発化している状況のどこが「経済がおしまい」という言葉に繋がるのでしょうか?

ざっくり理解するデフレ議論 - よそ行きの妄想

これは私のブログのコメント欄からの引用で、「国債が暴落したらその時点で経済はお終いだと思います」というのは私の発言です。それに対するリフレ派某氏の回答です。

国債に国が発行する債券以上の意味がないというのは、おそらく単なる投資先のひとつだという意味合いだと思いますが、これも全然違います。国債というのはその国の経済の基盤です。それが崩壊したらその上に成り立っている経済も全部崩壊するという類のものです。なぜなら、国債の価格とはその国債を発行する政府の信用そのものだからです。貨幣経済という制度は兌換紙幣が廃止されて以後、100%信用の上に成り立っています。日銀券というのは実はただの紙切れですが、あれはお金ですよと法律で決まっているから、つまりは政府が保証しているからいろんなものが買えるわけです。
要するに国債の価値とは、貨幣の価値と一緒です。だから、国債が暴落したら国内の投資など活発化しません。政府の信用が暴落していない他国に資金が避難します。銀行の取り付け騒ぎと一緒で、誰かが避難を始めると、みんな避難するのではという思惑が生まれ、みんな一斉に避難します。もともと100%信用に立脚している国債という商品は、バブルみたいなものと言えます。まだ土地なんかであれば使用価値があるので下げ止まりますが、紙幣は硬すぎてケツを拭く紙にもなりません。政府の信用が地に落ちて国債バブルが終焉したらそれはもう経済の終わりなんです。

国債は暴落するか

国債が実際に暴落するかについては、多少議論の余地はあると思います。リフレ派の言うように、際限なく貨幣の供給を増やしていったらいつか必ず暴落することになりますが、それが制御できるくらいのスピードで徐々に起こるか一気に起こるかについては、まあ議論の余地があると言えます。

私は、一気に暴落するだろうと見ています。理由は、いわゆるリフレ政策というものが、根本的なデフレの原因を取り除くということをせずに、貨幣供給によってインフレを起こすことで単に問題を摩り替える政策に過ぎないからです。説明しましょう。

現状、かくも長きに渡って日本がデフレに見舞われているのは、需要不足だからです。これだけやれ景気刺激だなんだで国債の供給量が増えているのにかかわらず、騰がった騰がったと言われてもなお長期国債の金利は1.4%台に過ぎないわけです。普通は、無リスク資産で運用するというのは機会損失なんです。有望な投資先に投資した場合の利回りをあきらめることになるわけですから。にもかかわらず国債がここまで買われている。これは、今後もしばらくそう魅力的な投資先は現れないと予想されているためです。この話はつい先日書いたばかりですが、ちょっと該当箇所だけ引用しておきます。

新しい需要を創造するような新しい産業に対して投資を行っていくことが、結果として需要を拡大させることにつながる。

ところが、近年の日本を振り返ったとき、そうした産業の育成に力を注いできた形跡は見られない。産業界の主役はいつまでたっても昔ながらの製造業で、政治と癒着したそれらの企業群は、自らの利益を脅かす破壊的イノベーションの芽を摘むことに必死だ。景気対策と称して行われる政府による投資(公共事業)は、特定財源などの本末転倒した理屈を盾に、いつまでたってもダムや道路といった今となってはすっかり非効率となった分野に向けられている。

これでは、デフレにならないほうがおかしい。

ざっくり理解するデフレ議論 - よそ行きの妄想

上記の記事では、日本の産業が低迷した原因についても触れたつもりですが、とりあえずは新しい需要を開拓するような魅力的な産業(資金需要)が国内にまったく出て来ていないという現状だけ共有できればと思います。で、投資先がないから、国債に資金が逃避してるわけです。国債を買って満期まで持っておけば、最悪損をすることはないと思われてるからです。

これが、デフレの根本的な原因であり、解決すべき問題なわけです。そうした中で貨幣の供給を多少増やしても、別に根本的に魅力のある産業が不足しているという問題の解決にはなりませんから、基本的にマーケットに対してはあまり影響はありません。マーケットとはそういうものです。その時々で焦点となる話題というのがあって、その話題に関することには敏感に反応したりしますが、そうでない話題にはあまり反応しません。*3

しかし、マーケットの焦点というのはあるときガラッと変わることがあります。既存の問題を上回る問題が発露したときです。私が国債が暴落すると再三言っているのは、このタイミングです。政府が際限なく貨幣を増刷していけば、いずれマーケットは政府に対して不信感を持ちます。即ち、金融と物価の安定を放棄したのではとの不安です。これが一定以上蓄積したら、日本政府に対する信用が瓦解する瞬間が訪れます。そうは言っても国債の元本は必ず償還されるだろうとか、利払いが滞ることはないだろうとか、流動性がなくなることはないだろう、などといった安心感がすべて不安に変わります。それまでデフレがテーマだったマーケットが、一気にインフレムードに変わるわけです。

この雰囲気はバブルの崩壊をイメージしていただければよろしいかと思います。昨日まで日経平均は5万まで騰がると吹聴していた人が、1週間後には1万円割るとか言いながら全株式を投げ売るわけです。売りが売りを誘い、歯止めは利かなくなります。国債の先物も為替も、売りから入れることにも注意してください。海外の投資家などは、ここぞとばかりに売り仕掛けるでしょう。マーケットのトレンドとはそれくらい恐ろしい勢いのあるものです。とてもじゃないですが、のんびりとフィードバックを待って貨幣供給量を調整すればいいなどと言っている場合ではありません。


要するにつまりこういうことです。リフレ政策は深刻な問題に発展しない限り、マーケットに対して軽微な影響しか与えません。それまでは、いくら資金供給を増やしても国債にまわるか、日銀の当座預金残高が増えるだけです。投資先がないのだからアタリマエです。しかし、ひとたび深刻な問題に発展したら、二度とは戻れないほどの未曾有の経済危機に見舞われると思います。別にインフレとデフレは地続きではなくて、全然別の問題だということです。

私がここに書いた予想通りになるとはさすがに思いませんが、リフレ政策をとるのであれば必ず意識すべきシナリオです。あまりにも最悪のシナリオですから、こうしたシナリオに至る可能性が完全に払拭できない限り安易な行動を慎むというのは、むしろ中央銀行としての義務でしょう。

固定相場による辻褄合わせ

今般のリフレ論争のきっかけであろう勝間女史も、多分にリフレ政策のマーケットに対する甚大な影響に気づいていると思います。話の発端となった、国家戦略局へのプレゼン資料のなかに、以下の記述を見つけることができます。

1ドル=120円の時限的な固定相場制の導入を目指し、各政策、各政府部門および日銀等の特殊法人のシステムを改編する。(固定相場制型)

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以上では国債の話ばかりしてきましたが、国債が暴落したら為替も暴落します。誰も信用を失った政府の通貨など保有しないからです。通貨が暴落したら輸出企業が儲かってウマーなどという話ではなく、売られすぎて日本の外貨準備が枯渇して、国がデフォルトしてIMFに泣きつかなくてはならないくらいのレベルの話です。きっとそれだけは避けなければならないというのが勝間女史にも直感としてあったのでしょう。亀井大臣も日経先物廃止などと、どことなく似たようなことを言っています。

そうなんです。暴落するくらいならマーケットをなくしてしまえホトトギスというのは、非常にわかりやすい解決策なんです。実際にそういうことを国としてやってしまうのがロシアです。ロシアは昨年のリーマンショックの折、相場の急激な下落に耐え切れず相場を止めました。取引をできなくしたのです。しかし普通に考えて、マトモな人であればそんなことがありえるマーケットには二度と投資しませんね。ただでさえ投資はリスクがつき物なのに、まったく想定できない流動性リスクがある市場になど誰も投資はしません。こんなことをすると確実に世界のマーケットから孤立し、外貨は二度と寄り付きません。鎖国したいのでしょうか。内需がダメで輸出に頼ってるような国が鎖国してどうするんでしょうか。状況が今より悪くなることだけは確実です。

結論はいつも一緒

根本的な問題の原因を省みずに、小手先で解決できるような問題なら、そこまで深刻な問題にはならないわけです。ここはホリエさんの言うとおりです。

追記

当記事に寄せられたブックマークコメントより全文引用。

API 経済, インフレ 国債価格を落とさないためにも日銀に買わせるんだけどなぁ。そして成長したら償還すればいい。俺も勝間さんのやり方には完全に賛成ではないけどね。特に国債発行に関しては。

はてなブックマーク - APIのブックマーク - 2009年11月10日

これもだから固定相場の魔力ですよ。国債が暴落しないように買い支えて、事実上の固定相場にすれば問題は解決でしょ?という。

それは違いますよ。国債を買い支えるためにどんどんカネを刷ったら、ますます政府の信用は失墜するではないですか。国債の入札があると誰がいくら買ったかわかるんですよ?日銀以外の買い手がついてなかったら、みんあ「ああこれはもうダメだ」と思うでしょ普通に考えて。買い支えると言うかむしろ泣きっ面にハチみたいなもんだと思いすよ。

そもそも、マーケットを人為的に操作するというのは、原則論としてご法度なんであって、その点を開き直ってしまったらマーケットが崩壊するじゃないですか。それに、人為的になんとかするっつったって限界がありますよね。相手は世界ですよ?ぐろーばるまーけっとですよ?



もうひとつ。

arrack はあ?アメリカじゃ実質的にやったしほかの先進国ではもうすでに導入されてるわけですが。ああ日本のトレーダーやマーケッターは欧米より無能という主張ですか、俺たちが対応できないからやめてくれ、と 2009/11/10

はてなブックマーク - arrackのブックマーク - 2009年11月10日

id:arrackさんね。どこのどなたか知りませんが、あなたバカじゃないんですか?「わけですが。」じゃないですよ。あなたの周囲の方はあなたにあなたがバカだって教えてくれないんですか?冷たい方ばかりなんですね。仕方がないから私が教えてあげますよ。

第一に、「アメリカじゃ実質的にやったし」と言うところの「やった」とは何を指しますか?そんな基本的なことも明らかにしないで、よく批判した気になれるものですね。昨年来の金融危機下で行われている流動性供給と量的緩和のことですか?そんなこと日本でもとっくにやってますよ。国債の買いオペ、知ってますか?国債を買うんですよ。インタゲやリフレとか言うのとは違う話なんでしょう?それは。

それから、「日本のトレーダーやマーケッターは欧米より無能」というのは、一体私が書いたもののどこをどのように論理展開すると、そうした結論が導けるのですか?トレーダーは金融政策などの動向を見て、マーケットに適切に反映させるだけですし、そもそもトレーダーはグローバルな存在だから「日本のトレーダー」なんかに言及しても何の意味もありませんよね。何も考えていないということを吐露するだけの発言なら、黙ってるほうがマシなんじゃないですか?

大体、日本の状況とアメリカの状況が全然違うと言うことは理解できませんか?アメリカは腐っても鯛と言ったところで、高い潜在成長率を誇る国です。教育は充実していて世界から優秀な人材が集まってきますし、成長産業には資金が配分される仕組みもあります。米金融業会だってまだまだ世界の中心的位置づけです。だからこそ、あれほど双子の赤字が問題になっても世界中から資本を流入させることに成功し続けていたんです。マクロの脆弱性を補ってあまりあるミクロの優位性が評価されていたんですよ。少なくともマーケットからはね。

だから日本とは全然違うんですよ。話を単純化して言えば、アメリカは潜在的にインフレなんですが、日本は潜在的にデフレなんです。国内需要が成長しないからです。

インフレ下で貨幣供給をコントロールすれば、インフレの矛先を微調整することができますが、デフレをインフレに変えると言うのはまた全然別の話なんですよ。そう書いたじゃないですか。

意見が違うのは全然構いませんが、ロクに書いてあることを読んだり理解したりせずに、聞きかじったフレーズを振り回すだけで何か言った気になってるからバカみたいだと言ってるんです。わかりますかね。ちょっと良く考えてくださいよ。


あと、このバカなコメントに、id:shinichiroinabaという人がはてなスターをつけてますね。学者じゃないのかこの人は。一体どうなってんだ。

*1:まあシナリオ営業的な活動のツールとしては活躍し得ますが。

*2:そこまでは言ってないかも。

*3:ついでですが、インタゲがインフレ下では効果を持つもののデフレ下では効果を持たないと言われるのも、同じ理由だと思います。インフレ下にあっては、インフレがマーケットの焦点になっていますから、インフレ抑制に関する政策に対する感度が高いわけです。