史上最悪の賭博場
先日のパチンコの話は2万アクセスを超えるなど随分盛り上がったから、賭場つながりということで、今日は史上最も大規模かつ最も下品で節操のない賭場についての話。これに比べればパチンコ産業のいかにかわいらしいことか。
最悪の賭博場というのは、他ならぬ2年ほど前に世界を騒がせたサブプライム・モーゲージ*1市場のことである。マイケル・ルイス著「世紀の空売り」は、ウォール街の投資銀行が創り出したその新しい市場が、まったくの出鱈目であり、何の裏付けもなく、近い将来必然的に崩壊するであろうことを見抜き、その崩壊に賭け、巨万の富を築いた人たちを描いたノンフィクションであるが、そうした英雄的な投資家の目から見た反対側 −つまり博打に熱狂していた人たち− の狂乱ぶりに関する記述が実にグロテスクで大変面白いので、その部分にフォーカスして紹介させていただきたい。
サブプライム事件とは何だったか。その概要については私も以前から何度かにわけて書いたりしているので、以下の記事などもご参照願いたい。今回は以下の記事よりもずっと具体的な話。
はてなーにもわかる金融業界の栄枯盛衰※追記あり - よそ行きの妄想
投資銀行とは何だったのか - よそ行きの妄想
サブプライム問題にみる合理性信仰と思考停止 - よそ行きの妄想
誰がサブプライム・モーゲージ市場をロングしていたか
サブプライム・モーゲージ債券は、今振り返って思えば、これ以上ないくらいにバカげた商品だったが、あの市場があれほど隆盛を誇ったのは、同債券の先行きに対して強気の方向に賭ける(=ロングする)人が多かったからに他ならない。いったい誰が、何故、サブプライム・モーゲージをロングしていたのか。
分散された多様な消費者ローンの山とされていたもののほぼ全部が、今やサブプライム・モーゲージで構成されている。パークはひそかに調査を進めた。CDSの販売決定に最も深く関与した人々に、そういうローンの何パーセントがサブプライム・モーゲージで構成されているのか、尋ねて回った。まずはカッサーノがCDSの価格設定に使用したモデルの設計者、イェール大学教授のゲイリー・ゴートン。ゴートンは、ローンの山に含まれるサブプライムの割合を10パーセント未満と見積もった。次に、ロンドンのあるリスク・アナリストにきいてみると、20パーセントという答えが返ってきた。あるトレーダーはこう言っている。「誰ひとり、答えが95パーセントだとは知りませんでした。カッサーノ*2だって、きっと知らなかったはずです。」振り返って考えると、信じがたい無知のようだが、当時は、金融システムがその無知を前提に成り立ち、無知でいられるその能力に代価を支払っていたのだ。
これは2008年、事実上の経営破たんに見舞われ世間を騒がせたAIGについての話である。AIGはサブプライム・モーゲージ債のCDSを大量に売っていた。本書によれば、その額およそ5兆円である。
CDSというのはつまり保険のことで、CDSを買った人は、それを売った人に対して保証料を定期的に支払う義務を負うが、対象となる債券がデフォルトした場合には最大で債権額面に至る補償をうけることができる。つまりAIGは、大量のサブプライム・モーゲージ債に対して保証を提供していた。
サブプライム・モーゲージ債をはじめとする、いわゆる証券化商品の特徴は、投資家への利払いを行う原資となるキャッシュフローを裏付ける資産(担保のようなもの)が非常に多岐にわたっているためにリスクが分散され、それゆえデフォルトの危険性が小さいということである。ところが、AIGが保証していた債券の担保となっていた資産のうち実に95%は、サブプライム、つまり貧困層向けの住宅ローンだったという。それではリスク分散もクソもないというのはどれほど素人でもわかりそうな話であるが、なんとAIGでは、誰もそれに気づかないままに5兆円もの保証契約をしていたというのだから、実にバカげた話である。
投資家の思考を停止させる詐欺の手口
投資銀行はいかにして詐術を弄し、格付け機関や保証会社、投資家などを欺いたか。それがまた信じられないくらい稚拙な手段だった。
サブプライム・モーゲージ市場には、明確にしなければならないことを曖昧にするといおう特殊な能力が備わっていた。例えば、まるごとサブプライム・モーゲージに裏付けられた債券は、サブプライム・モーゲージ債とは呼ばれない。ABS、つまり資産担保証券と呼ばれる。チャーリー*3が、資産担保証券を保証するのは具体的にどんな資産なのかとドイツ銀行にきくと、何枚かのリストを手渡された。そこには、略号と、さらなる頭字語−RMBS、HEL、HELOC、Alt-A−が、聞いたこともない種類の債権−ミッドプライム−とともに記載されていた。(中略)
"ミッドプライム"などは、言葉の詐術が真実を打ち負かした好例だろう。債券市場の目端の利く住人が、オークランドの野心的な不動産開発事業者と同じまなざしで、無秩序に広がるサブプライム・モーゲージの原野を眺め渡して、ある一郭の"お色直し"を思い立ったのだ。オークランドの周縁部に、まったく別の街のような装いのロックリッジという区域がある。ただ単にオークランドとは違う地名を関することで、ロックリッジの土地はオークランドより高い評価を受けていてる。サブプライム・モーゲージ市場内には今、"ミッドプライム"という似たような区域ができあがっていた。ミッドプライムはサブプライムの一部でありながら、あたかも別のもののような装いをまとっている。「債券の中にあるそういうさまざまな区分が、どれも似たり寄ったりのものだと気付くまでに、しばらくかかりました」と、チャーリー。「ウォール街は同じようなローンの寄せ集めを多種多様な資産のプールに見せるために、あれこれ違う名前を付けて、それを格付け機関に受け入れさせたんです」
要するに投資銀行は、投資家にまるで担保資産が分散されているかのような錯覚を起こさせるために、細分化した定義を創り出したという話だ。RMBSというのはレジデンシャル・モーゲージ・バックト・セキュリティの略で要するに住宅ローン担保証券のこと、ホーム・エクイティ・ローンはいわゆる不動産担保ローンのことだが、どちらも要するに貧困層が住宅を担保にお金を借りていることに何の変りもないのであって、話を無駄に複雑にする以外に、区別する意味はない。
段ボールに詰めたミカンは、同じ時期に収穫されたのであれば当然同じ時期に全部腐るわけだが、ここで投資銀行が言っているのは、これは愛媛のなんとかという農家が収穫したミカンで、こっちは和歌山にある全然別の農家が収穫したもの、他にもたくさんの種類があり、この段ボールに入っているミカンは実に多種多様だから、全部が全部同時に腐るということなんかあり得ませんよという話である。腐る時期と関係あるのは産地ではなく収穫してからの期間だ。
まるで子供だましのような話だが、こんなことがまかり通っていたというのだから、驚くほかない。
愚鈍であればあるほど歓迎される
投資銀行は、サブプライム・モーゲージ債権を安く仕入れ、それを立派な債券に仕立て、高く販売していた。投資家の側に立って、適切なアドバイスを提供する人間はいなかったのか。
(サブプライム)債券市場が創り出したのは、二重スパイのような立場の人間、つまり、どちらかといえばウォール街の債権トレーディング・デスクの利益を代表しているのに、投資家の利益を代表しているように見える存在だった。CDOマネジャーは、十億ドル単位のカネを託してくれる大口投資家に対して、顧客のことを何より優先する姿勢を示すため、CDOの中の”エクイティ”とか”一次免債”とか呼ばれるもの、つまり最終的にCDOに現金を供給するサブプライム・ローンが債務不履行に陥った時真っ先に消滅してしまうものを、自分で所有し続ける。しかし、一方で、投資家の誰ひとりわずかな金も目にしないうちに、0.01%の手数料を資金のてっぺんからかすめ取り、また投資家に元利を払い戻す際にも、同じくらいの手数料を資金の底から抜き取るといううまみもある。たいした額とは思えないかもしれないが、ほとんど手間をかけず、経費もなしで、何百億ドルもの金を運用するのだから、濡れ手で粟の莫大な収入になる。ほんの数年前、ウィン・チャウ*4はニューヨーク生命保険でポートフォリオを運用して、14万ドルの年俸を得ていた。CDOマネジャーに転身してからは、年に2千6百万ドルを家に持ち帰るようになった。ニューヨーク生命に勤め続けた場合の生涯給与総額の6倍だ。
CDOというのは、コラテライズド・デット・オブリゲーションの略語で、サブプライム・モーゲージ債のうち、特にリスクが高く売れ残ったトランシェ(階層)をリパッケージしたものであり、喩えるなら鼻クソを丸めて作ったダンゴのような金融商品だ。そしてそれをせっせと組成して投資家に販売するという賤業がCDOマネジャーである。
売人が鼻クソを鼻クソと思ってしまってはモノが売れなくなってしまうから、鼻クソを鼻クソと気づかない程度に愚鈍で思慮深くない人間が歓迎されたという話である。一般に鼻クソを他人に売るというのは容易な所業ではなく、極めて高い営業スキルというか詐術を要するものだが、サブプライムCDOの場合は、詐術のすべてを投資銀行がお膳立てをするから、CDOマネジャーの仕事は、まさに上の引用部分にあるとおり、投資家の味方であるふりをし、リスク・ロンダリングの工程でラストワンマイルを担うこと。ただそれだけである。
単にそれだけの仕事で2千6百万ドル(26億円!)もの収入になるというのだから、愚鈍で思慮深くないことだけが取り柄の人間が足を洗えるはずもない。
ギャンブル依存症
そんな虚飾にまみれた債券市場がいつまで長らえるはずもなく、貧困層によるローン延滞率はかつてないほどに急上昇をはじめ、サブプライム・モーゲージ債及びその関連市場は崩壊をはじめる。
当初はゆっくり着実な下落だったが、やがて勾配が急になり、6月初めには、トリプルBのサブプライム・モーゲージ債の指数は、60台後半の終値を付けていた。つまり、元値に比べて30パーセント以上、価値を減じたということだ。となると、トリプルBのサブプライム債から創られたCDOの値も急落すると考えるのが道理だろう。オレンジが腐っていれば、そのオレンジを搾った果汁も腐っているはずだ。
なのに、そうはならなかった。それどころか、2007年2月から6月にかけて、メリル・リンチとシティグループを筆頭とする大手投資銀行は、新たにCDOを5百億ドルぶん創り出し、それを販売した。
私はこの引用部分を読んで、ニコチン中毒の母親が自分の娘に対し、二度とタバコは吸わないと涙ながらに謝罪をしながら、無意識でタバコに火をつけてしまうという話を思いだし、うすら寒くなった。
貧困層に住宅ローンを貸すと、投資銀行による信用リスク加工を経て、世界中にリスクが分散される仕組みが完全に出来上がっていたから、住宅ローン業者は、借り手がどれだけ貧しかろうがジャンジャン金を貸し、住宅を買わせた。貸した本人は一切責任を取る必要はなく、ローン実行手数料だけが手元に残るのだから、考えてみれば当たり前の行動だ。こうした状況を受け、住宅ローン業者は当初2年のみ金利が安く元金の償還もないという、いわゆる朝三暮四的なイカサマ住宅ローンの提供を開始した。このローンは2年経つと突然金利が跳ね上がり元金の返済がはじまるのだから、借り手である貧困層がその支払いに窮することは目に見えていたが、その頃には住宅価格がさらに上昇しているはずだから、住宅を売却するなり住宅ローンの借り換えなりを行えばいいという前提に立った極めて無責任な商品だった。こんなバカバカしいローン債権を何件寄せ集めたところで、リスクが分散されるはずなどない。デフォルトの確率はほぼ100%である。
であるから、サブプライム・モーゲージ債がいつか値崩れを起こすというのは予期できたはずの出来事だった。であれば、その兆候が少しでもみえたということになれば、常識的には蜘蛛の子を散らすように我先にと撤収の作業がはじまりそうなものである。それが実際には何事もなかったかのように鼻クソダンゴの組成を続けたというのだから、ビョーキとしか言いようがない。完全に依存症である。
バカげた賭博場の結末
このバカげた賭博は、全世界に多大な損失を発生させ、泡と消えた。その損失額は100兆円を超えるとも言われる。サブプライム・モーゲージ債市場の崩壊を契機に巻き起こった金融恐慌などの二次被害、三次被害も含まればもっと途方もない額の金が失われただろう。損失はまだまだ膨らむ可能性もある。あれだけの大狂乱とともに膨らみ続けたバブルの後始末がそんなに簡単に終わるはずがない。いつだって散らかすよりも片づける方が大変なのだ。
そしてさらに恐ろしいことは、その巨額の損失の大半は政府によって、つまり元をただせば納税者の血税によって穴埋めが行われたということだろう。上で見た愚鈍なCDOマネジャーの天にまで届きそうなほどの巨額報酬は、結局一般人の税金から拠出されたのと同じだ。じつにバカバカしい話ではなかろうか。
書評的な
少し偏った紹介になったが、基本的には本書は名もない無名の投資家が巨万の富を得るまでのサクセス・ストーリーのような体裁となっており、悪徳投資銀行に義憤を覚えた人たちがカタルシスを得られるような構成になっている。上記記事を読んでやりどころのない怒りを覚えてしまった諸氏は、是非本書を通読してみていただきたい。
また、上記引用部以外の部分もリアルかつエキサイティングな記述で溢れており、この腐った業界をあえて志望するチャレンジングな諸兄にとっても必読の書となっている。と思う。