会社は何故非公開化するのか

震災の影響ですっかり鳴りを潜めてしまったものの、今年は年初よりTSUTAYAの運営会社であるカルチュア・コンビニエンスクラブや、アート引越センターのアートコーポレーション、ワインのエノテカ、システム開発のワークスアプリケーションなど、それなりの有名どころがMBOで非公開化する事案が相次ぐ、M&A業界にとっての当たり年だった。

MBOによる非公開化自体はかなり一般化してきた感もあり、多くの人は新聞やテレビなどでこの言葉を見たり聞いたりしたことがあると思うが、一方でその内実は市井の人々にとっては比較的難解で理解がしづらい面もあるやに思い、今日は少し解説を試みることとした。

タイトルの「会社は何故非公開化するのか」は、よくこうした問いが立てられるので採用したが、結論から言えば買収の対象となる会社側に非公開化する積極的な理由があることは極めて稀で、どちらかというと買収する側の都合でそうならざるを得ないことの方が圧倒的に多い

用語の意味

私の肌感覚では概ね6割から7割の人が混同しているように感じるが、MBOとLBOTOBは全部違うものである。また、これらの取引は株式の非公開化を伴うことが多く、こちらも含めてごちゃ混ぜになっていることが多いので、まずは下表に整理しておく。

略称 正式名称 日本語訳 内容
MBO Management Buy Out 経営陣による買収 経営陣が自分が経営している会社を買収すること
LBO Leveraged Buy Out (借入を)梃子にした買収 買収対象会社のキャッシュフローを返済原資とする借入資金を活用した買収のこと 日本女子ボウリング機構ではない
TOB Take Over Bid 公開買付け 買付けの予定を広く公表し応募を募り、株式市場の外で大量に株式を買付けること
なし Going Private 株式の非公開化 自社が発行する株式の上場を取りやめ、公開企業でなくなること

よって無理矢理一文にすると、LBOの仕組みを活用してMBOを行うにあたって、TOBを行った後に完全子会社化し、結果として対象会社の株式が非公開となるという整理となる。

例えばある会社の経営陣が自社を買収することを検討するとき、大抵の場合は経営陣の自己資金だけでは到底足りないので、同経営陣は買収資金を外部から調達する必要に迫られる。もっとも、その経営者がいくら有能だったとしても個人の与信で何十億や何百億という多額の資金を調達することは不可能なので、対象会社のキャッシュ創出能力を裏付けとして資金の調達を図ることとなる。これがLBOである。

今となっては懐かしいソフトバンクによるボーダフォン買収が日本では最大のLBO(MBOではない)で、買収総額1兆7千億円のうち1兆円近くがボーダフォンキャッシュフローを裏付けとした借り入れによってまかなわれた。同ローンはボーダフォンの通信料収入の証券化を絡めた複雑なストラクチャーで、LBOの応用型ともいえるものであった。

他方、買い手がそれなりの規模の企業で、かつ対象会社の規模がそこまで大きくないときなど、買い手自らの与信のみで買収資金を借り入れることが十分可能な場合も往々にしてある。こうした買収についても借り入れを活用して少ない自己資金で買収を行っていることからLBOの一種だと考える人は少なくないが、厳密に言うとこれをLBOとは呼ばない。LBOという場合あくまで、対象会社の与信で借入が行われるケースを指す。

何故非公開化するのか

さて、上記LBOの定義からも明らかな通り、LBOというのは、対象会社にとってみれば多額の負債を負わされるだけの取引で、LBOの結果、事業から創出されるキャッシュの大部分は、自社が買収された際の買収資金の返済という、会社にとってみれば何の意味もない使途に充てられることとなる。

株式会社という仕組みにおいては、会社が生み出したキャッシュは最終的に株主に帰属するということと、すべての株主は平等であるという大原則がある。LBOには上述の通り、ある特定の大株主が、買収資金の借入という本来自らが負うべき債務の弁済のために会社の資産を流用するという、少数株主の利益をまったく無視した一面があるから、株主平等の原則に明確に反するものである。

そして、こうした違法状態とそれに基づく株主代表訴訟のリスクを回避する唯一の方法は、買い手が、対象会社を100%子会社化し、自身が単独の株主となることである。少数株主をあらかじめ排除してしまえば、文句を言われることはないという理屈だ。

つまり、会社が非公開化する直接的な理由はここにある。即ち、LBOを法的にクリアなかたちで成立させる為には、対象会社を買い手の100%子会社にせざるを得ず、株主が1名のみとなった会社は当然上場を維持できないということだ。

株式の非公開化は、このように極めて現実的な課題を解決するために必然的にもたらされるものである。こうした背景に思いを馳せれば、対象会社が非公開化する理由として一般に語られることの多い、少数株主を排すことで迅速な意思決定が可能となるとか、長期の利益を優先して経営の立て直しを図ることができるとかいうストーリーは、全て単なる建前に過ぎないということがわかるだろう。

実際、経営者が資産家で十分な自己資金を保有しており、買収がすべて経営者の自己資金で行われた場合であれば、MBO後でも上場を維持しているケースというのは、普通にある。有り体に言ってしまえば、別に少数株主などいようがいまいがそもそも経営には大して影響はないのであって、非上場化することではじめて可能になる「迅速な意思決定」などというものはない。上場が維持できるのなら維持したい、というのが多くの経営者の本音ではなかろうか。

そもそも論

上記はLBOと非公開化の直接的な因果関係を説明するものであるが、LBOが実施されるそもそもの理由を説明するものではない。上述の通り、経営陣が買い手となるMBOでは資金的な問題からLBOが採用されることが多く、LBOにおいては会社が非公開化するのは当然の帰結だが、そもそもMBOが実行されるのは何故なのだろうか。

ひとつのシンプルな理由は、経営陣が自社株式の市場価格は割安であると判断したからだろう。安い時に買って高い時に売るというのは、株式投資の基礎中の基礎だ。

これは端的に言ってインサイダー取引との線引きが極めて難しい話ではあるが、将来の見通しに関する見解は当然千差万別だから、そういう意味では経営陣の見解と市場の見解に相違があること自体は何ら珍しいことではなく、勇敢な経営陣が自らの勘を頼りに市場の評価に異を唱え、株を買い集めるという図式は成立しないこともない。

ただ、その「見解の相違」が純粋な判断力の違いではなくて、情報の非対称性に基づいている場合、つまり簡単に言えば経営陣が一般株主では知り得ない情報をもとに投資判断を行った場合、これは原則的にインサイダー取引となる。どう考えてもどれだけ情報開示を適切に行なったところで経営陣と一般株主との間の情報の非対称性を完全に解消することは不可能だから、これは極めて厄介な問題ではある。つまり、程度の問題でしかなく、じゃあどの辺で線引きしましょうか、という話でしかない。MBOした経営陣と少数株主の間で大規模な訴訟に至った案件としては牛角レックスホールディングスのMBO案件が有名だが、MBOと訴訟が切っても切り離せず、MBOというと常になんとなくキナ臭い感じになるのはこのためである。*1

いずれにせよ、経営陣が「何らかの理由」で、自社の株価は割安だと判断した場合は、買収(MBO)という選択肢が当然に生じ得る。買収の経済的合理性が一定のレベルを超えると、計画は実行に移されることになるが、上述の通り大半の経営者は買収資金全額を自己資金で賄うことはできないので、スキームとしてLBOが採用され、結果として会社は非公開せざるを得ないこととなる。

PEファンドによる営業

MBOが実行されるもうひとつの理由として考えられるのが、PEファンドの存在だろう。PEというのは非公開株式を意味するPrivate Equityの略で、PEファンドと言うのはつまり、非公開株式への投資を専門に手掛ける投資ファンドのことだ。PEファンドは比較的リスクの高い、創業間もないベンチャー企業やリストラが必要な不採算企業に資本を注入し、経営が安定した暁に株式を売却して利益を得ることを生業とする。

PEファンドにはコンサル会社の出身者などが多く、投資先に対していろいろと経営上のアドバイスを行ったりする「ハンズオン」のスタイルが基本だが、そうはいってもやはり経営の専門家ではなく一種の金融業者であるから、会社を買収してもそれを経営する人がいないという問題にしばしば直面する。

この点、MBOであれば、経営陣が主体となって買収を行いその後の経営も彼らが担うから、PEファンドは資金提供に専念することが出来て都合がよい。よってPEファンドは、MBOをしてはどうかと企業経営者に打診することとなる。そうして実行に至る案件は決して少なくない。

PEファンドは運用資金の効率化を最大化するため可能な限りレバレッジをかけようとする*2一方で、ファンド自体には借り入れの担保となるような事業も資産もないから、スキームは必然的にLBOになる。PEファンドは、実に容赦のないレバレッジのかけかたをするので、売り上げの何倍もの負債を負わされ、それを返済するために研究開発や広告宣伝などのすべての投資活動を犠牲にしているような会社は枚挙に暇がない。

つまり、単純にPEファンドの資金調達環境が良好であればMBO案件は増えるし、環境が悪化すればMBO案件は減少するという関係にある。LBOがピークを迎えたのは2007年頃だったと思うが、当時は買収金額の80%近くが借り入れでまかなわれることが通例だったように記憶している。PEファンドが案件を競り落とすために無理矢理釣り上げた買収金額がトランチング(階層わけ)され*3、優先的に回収が行える順に上から50%程度を銀行が拠出することに加え、さらにその下のメザニントランシェなどと言われる謎の階層にも資金がついていた。買収を主導するPEファンドなどは全体の20%程度の資金だけを拠出すれば済むわけで、気持ちが大きくなるのも当然と言えば当然と言える。

ちなみにこの場合、対象会社の株式についてはPEファンドがほとんど持つことになり、経営陣が持つ株式はほんの僅かとなるが、PEファンドは少数株主よりも格段に口うるさいし、そもそも転売による儲けを前提とする株主なわけだから、MBOによって意思決定が迅速になったり、長期的な視野に立った経営ができるようになるという大義は更に空洞化することになる。

参考

東京ディール協奏曲
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栗山 誠
集英社
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同著はM&Aのディールを題材にしたフィクションもので、著者の経歴は明らかにされていないが、M&Aにおけるオークションやファイナンシングのプロセスに関する記述はリアルで、臨場感がある。ストーリーは、ある大手メーカーの子会社売却に際してのビッディング・プロセスを軸に進行するが、ファンドをスポンサーにしたMBOや時流に乗ったIT企業、ドバイ・マネーなどがひしめくなか、情報漏えいなどの事件も織り交ぜられ、盛りだくさんの内容になっている。さすがに現実のディールではそこまでうまく行かないだろと思うものの、同著で表現されているどこか浮世離れした軽妙なノリは、実際のディールにおけるそれをうまく表現しているようにも思う。
決して難しい内容ではなく簡単に読めるので、ちょっと気軽にM&A業界の雰囲気だけ味わってみたい人にはオススメしてみたい。

*1:インサイダーの誹りを逃れるために有効な対策は、市場価格に対して十分に高いプレミアムを上乗せした買収金額を提示することでしかない。MBOによるプレミアムの相場は40%とか50%とか言われるが、当然のことながら個別の事例として対処する以外に道はなく、一般論として解決できる問題ではない。ところが普通の個人株主は支払われるプレミアムが相応なものかどうかの判断がそもそもできないから、常に搾取されるリスクと隣りあわせということになる。

*2:買収資金の一部を自分たちの期待リターンよりも低いコストで調達することで、利益の絶対額は減少する一方で投下資本に対する収益率は上昇する。

*3:このあたりについて、詳細は過去エントリー:「[http://d.hatena.ne.jp/chnpk/20091206/1260082366:title]」など参照のこと。