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終末期医療とか社会保障費とかの話

ポケモン育成に尽力するあまりちょっと時間が開いてしまったが、この間、自民党総裁選に出馬した某耄碌都知事のところの放蕩息子が、社会保障費削減の文脈で尊厳死の話題を持ち出したとのことで、ちょっとした騒ぎになっていた。

まあ、そりゃ騒ぎにもなるという話だ。

社会保障費の削減、ならば尊厳死」では、まるで尊厳死の御旗のもとに老人を殺戮すれば社会保障費などいくらでも削減できる、と言っているのとほとんど等しい。何か庶民感覚を一切待ち合わせない中世の貴族などがおもむろに発案しそうな単純さ。

社会保障費が払えないなら老人を減らせばいじゃない」。

「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」というのと、まったく同じ香りを放っているではないか。

あの家系、自らを貴族か何かと思っていてもまったく違和感ないのは確かではあるが、いまは中世ではなく現代。多少自粛して欲しいところではある。

今さら私が指摘することでもないが、人の命というのは、他人が勝手に奪っていいものではないことは言うまでもなく、社会からの要請によって手放さなければならない類のものでもない。結構、大前提の部類だろう。

人が、人としての尊厳を保つために、自ら潔く死を選択する権利はないのか。そのような議論はあって然るべきものとしても、先に述べた大前提を覆すようなことは断じてあってはならないわけで、そこにはまさに超えてはならない一線があるわけだが、あの文脈であの発言というのは、要するに一線の向こう側からにこやかに手をふられる感覚に近く、「えっお前その線…」という感じは否めない。

文字起こしされたもので問題の発言の前後も確認したところ、どうやら当のご本人も、誤解を招く恐れが強いという認識をしていたようではあったが、ではいったい何が、誤解を恐れる彼をして、あのように勇敢な発言に踏み切らせたのかは、依然として謎のままである。別にオフィシャルにしている政策でもないし、誤解される恐れが強いなら、誤解されないタイミング(というのがいつ来るのかは知らないが。)までそっと胸に秘めておけばいいではないか。

まったく。

ゾンビ化する病院

と、ひとしきり自らの良識ぶりをアピールしたところで本題に入る。

件の放蕩息子にあやかって誤解を恐れずに言えば、私は、世の中には、それこそ尊厳死の対象となり得るような寝たきり老人の命を盾にして社会からカネを巻き上げている悪いヤツらがいると思っていて、ソイツらから人質を奪い返すために尊厳死の議論は有用ではないか、とは思う。

ここで言う悪いヤツらというのは、端的に言うと一部の病院のことで、より具体的には、業績が極めて悪い、どう考えても人の面倒見てる場合じゃない病院のことを指す。

これは、少し以前に仕事上の絡みでいくつか経営が悪化した病院の内情というものを垣間見た経験から言うのだが、「病院の業績が悪い」というときのその「悪さ」というのは一般的な事業会社の比ではなく、それ故に腐敗の程度も深刻なのである。

病院の業績が極端に悪化した状態に陥り安い理由は極めて単純で、病院が滅多なことでは潰れないためだ。要するに、病院がなまじっか人の命をあずかっているものだから、債権者としてもそう簡単にはトリガーを引きづらい。自分が破産を申し立てたら、入院患者が全員死ぬかもしれない。そんな懸念を抱きながらトリガーを引ける人は、なかなかいない。

だから、病院は、一般の事業会社であればとっくに潰れているような状況に追い込まれてなお、 未払金を膨れ上がらせながら、さながらゾンビのように生き永らえる。そうして、一般の事業会社では到底辿りつけないような業績悪化の境地まで、容易にたどり着くのである。

ゾンビ病院の内情

ゾンビ化した病院の内部では、当然様々な好ましくない事態が起こる。

好転する兆しのない業績。みるみる減っていく現預金。いったいどうやって資金を手当てしているのかと、貸借対照表の右側を見る。すると、借入金勘定は増えていない。資本調達した形跡もない。むしろ債務超過だ。

増えているのは、未払金だ。ただひたすら積み上がっていく未払金。

私はこれを未払金勘定を活用した資金調達、即ち、未払ファイナンスと呼んでいる。単に払ってないだけだが。

この未払ファイナンスの実態について言えば、資金調達の相談を銀行以外に対して行わざるを得ないような病院の場合、8割は、税金も従業員の給与から天引きした社会保険料も支払えていないと考えて間違いないし、3割は給料の支払い日も翌月末くらいまで引き延ばしている。業者向けだと一番滞りやすいのが給食だろうか。リース料は、滞納すると最悪医療機器を回収されてしまうので、比較的滞納されづらい。しかし酷いところになると病院の建設資金すら未払いで済ましており、人間は一体どこまで無計画になれるのかと問いかけられている気分になる。

未払ファイナンスもついに限界に達すると、保険料の不正請求、病院債の不正発行に手形の乱発という最終ステージに突き進み、さすがにもう潰れるかと思うのだが、それでもやはり潰れない。民事再生手続きを申請すれば大概の債権者が泣いてくれるので、今度はDIPファイナンスとか言いながらのうのうとやっていくのだ。

まさに不死身。恐ろしい話である。

当たり前だが、このような資金的困窮が続く中にあっては、医師や看護師のモチベーションは地に落ち、職業的倫理観は枯れ果てる。なにせ、今日働いた分の給料が、来月無事に入ってくるかわからないのだ。キレイゴトを言っている場合ではないのはよくわかる。

患者に対する扱いは次第にゾンザイになり、果ては患者の財布に手をかけるのである。これは驚くべきことだが、身寄りのない老人で、かつ痴呆が進んでいたりすると、病院にすべてを委ねる他ないから、その預金通帳の残高を守るのは病院関係者の倫理観でしかない。救急車での運搬(長期入院は保険点数が下がるので、他の病院に移される)中にこっそりかすめ取ったりというのは結構ザラで、究極的に酷いケースでは本当に預金通帳と印鑑ごと丸パクリしていることもあると聞いた。

憎むべきは当然罪なのであって、人ではない。誰だって精神的、金銭的に追い詰められれば間違いの1つや2つ犯すことはある。しかし敢えて厳しいことを言わせてもらえば、困窮した病院の従業者には、患者を人として扱うだけの心の余裕がない場合が、少なからずあるのではないかということだ。さすがに財布に手をかけるという一線は踏みとどまったとしても、医療保険によって毎月数十万の現金を生み出す老人を、単なるカネのなる木として扱っているようなことはないだろうか。

淘汰の仕組み

本来、このような病院は、淘汰されて然るべきなのだと思う。

ダメな病院はさっさと潰れ、新しい病院が生まれた方がいい。ところが、既に述べたようになかなかそうはならない。誰も好んで病院を潰そうとは思わないからである。

ここで起こっていることは、つまるところモラルハザードだ。米国で発展したあの大きすぎて潰せない金融機関たちが、国民の税金でギャンブルに明け暮れているように、神聖すぎて潰せない病院は、国民の税金と健康保険料で左団扇なのだ。

もし世の中が十分に裕福であれば、このテのモラルハザードというのは、深刻な問題にはならないのかもしれない。経営の苦しさゆえに一部に歪みが生じてしまっているだけで、基本的に患者を生かすという大きな方向性についての動機付けは成功しているわけだから、世の中の富にゆとりがあるのであれば、問題のカイゼンにあたっては単に医療保険点数をあげ続ければいい。いくら放漫経営でも無尽蔵にカネがあれば、さすがに現場が疲弊しない程度にはうまく回るだろう。うむ。夢物語である。

現実的には、みなさんご存知の通り、年々減少を続ける我が国の税収はいまや風前の灯といった様相なのであり、年間支出額のおよそ半分は、未来からの借金というべきか過去に蓄えた資本の食いつぶしというべきか、要するに国債発行による収入でまかなっている。

予算は限られているのだ。

その限られた予算の中で、なんとかうまくやっていくには、現行の制度は心許な過ぎる。そう思うのである。

医療というものはいったい何なのか。

死に体の病院が保険料目当で片手間に施す延命措置は、果たして医療と呼べるのか。ある程度、人としての尊厳が維持されることが医療の前提であってもいいのではないだろうか。医療としての前提を満たすための十分なリソースを確保できない病院には、潔く市場からご退出いただいた方がいいのではないか。

当然、病院は反発するだろう。

患者を見殺しにしろというのか、と。

それこそまるで、人質に銃をつきつけるように。

でもそうじゃない。患者を助けるためにも、ダメな病院が淘汰されない仕組みは見直したほうがいいだろうと思うのだがどうだろうか。


と、何か誤解も恐れず大上段に構えてはみたものの、特に振り下ろすアテもないので、今日のところはこの辺にして、私はポケモン個体値厳選作業に戻ります。お疲れ様でした。