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なぜいま「スタートアップ」なのか

リアルスタートアップ ~若者のための戦略的キャリアと起業の技術~大先輩の塩野先生がまた本を上梓されたとのことで、早速購入して拝読させていただこうと目論んでいた矢先、なんとご本人様からご著書をお送り頂いたわけである。

渡りに船。いや、実に有難いことなわけだが、こんなときは、ブロガーの端くれとしては、やはりあのひとことを言わねばならない。

献本御礼。

そう。いま、ブロガーのマネタイズと言えば何を置いてもメルマガなのであって、その他の選択肢というのは、ちょっと思い出すのも難しいこととなっているが、其の昔、ブロガーがマネタイズを考える際の王道と言えば書評アフィリエイト以外にはないという時代があったのだ。

現在にまで至る大メルマガ時代を切り拓いた人物が、言わずと知れた時代の寵児ホリエモンなら、それ以前、書評アフィリエイトで一時代を築いた人物こそは、かの豪傑ダンコーガイその人である。そう言えばどちらも故ライブドアの元役員。やはりあの会社に時代の先端はあったのか。

豪傑ダンコーガイは、私がブロガー心ついたときには既にブログ界に悠然と君臨しており、書評の名を借りた自分語りで衆目を集めては、ドサクサに紛れて大量の本を売り捌いていた。

ダンコーガイのブログで紹介されると売れるらしいぞ」

そういう評判が好循環を生み出し、ダンコーガイは日本中から大量の献本を呼び込むと、書評ブログの原価すらゼロにしてみせたのだった。

献本御礼。時代がメルマガ全盛へと移り変わろうとも、あの時代を過ごした我々にとって、この言葉はやはり、勝者の証であるとともにマッチョの結晶なのであって、憧れのセリフなのである。知人から著書を頂いた。自分はブログを書いている。言うしかなかろう。献本御礼。

それにしても献本御礼。微妙に違和感があるのは気のせいか。慣用句なんだろうが、本をたてまつると書いて献本なのであって、即ち「本をたてまつられた御礼」である。天皇陛下か。

「スタートアップ」か「ベンチャー」か

と、感謝のあまり思わず謝辞(なのか)が長くなった。本題に入ろう。

本書は、題名の通り、スタートアップに関する本である。リアルなスタートアップとはどういうものか。数々の外資系企業やITベンチャーでキャリアを詰んだエリートサラリーマンである著者がその本質を語る、といった感じで、著者の語り口が軽妙で読み易いものの、要点はしっかりと抑えられ、これから起業を志す若い学生のみならず、20代、30代のビジネスマンにも以下略といった具合。

で、スタートアップである。

この「スタートアップ」という単語、最近急に聞くようになった。

日本語で言うと、「起業」なのだろうか。「創業期」と訳した方がしっくり来る文脈も少なくない。ちょっと前まで、そういう駆け出しの会社を、「ベンチャー企業」なんて言ったものだが、最近は単に「スタートアップ」若しくは「スタートアップ企業」と呼ばれることが多いようである。

一種の流行ということなのだろうが、なぜ、いま「スタートアップ」なのだろうか。

この問いに関連して、本書の書き出しで次のように述べられている。

最近では日本でも起業やビジネスをつくり出すことを「ベンチャー」と呼ばずに、「スタートアップ」と呼ぶことが多くなりました。「ベンチャー」だと日本では「便所」と間違える大人が多く、世の中から排除されがちだったためだと考えられます。

まあ書き出しだし、掴みネタの類かもしれない。しかし、これは慧眼だなと私は思ったのだ。あまり本筋でないところを褒めても仕方ないかもしれないが。

「ベンチャーだか便所だか知らないが」

こう喝破したのは言わずと知れた某ナベツネである。

ライブドアによる球団参入意向を受けて、明確な不快感を誰の目にもわかるかたちでしっかりと世間に示した名ゼリフだ。同発言の後には、「とにかく気にイラン」みたいな堂々たる宣言が続く。

はっきり言って上記は、発言などというお上品なものでは到底なく、言うなれば罵声である。権力の座にある老人が、若い世代に向けて言い放った罵声。若者としてはそんなものに感じ入る義理はないわけだが、なぜか私は一片の真理のようなものを感じてしまったのだ。

便所メタファーが告げるモノ

ベンチャー。言われてみれば確かに何か臭う言葉なのである。

ベンチャーは、日本語で言うとつまり冒険なのであって、要するになぞらえてるわけだ。リスクを顧みずに業を興し、大企業と勇敢に対峙する自分を。冒険者に。

この気負いである。

自ら冒険者などと名乗る怪しい人物は、現代社会においてはジム・ロジャーズくらいで十分だろう。そもそも我が国に冒険者などというカテゴリーが歴史上あっただろうか。精々、松尾芭蕉くらいのものだろう。狭い島国である。どこをそんなに冒険するのだ。

結局、日本における「ベンチャー」は、この変に気負った部分だけが極端に発達し、古来から日本に根付く似たような概念、「ヤンキー」と結びつくことで国内でのポジショニングをつくっていくことになる。

エリートコースから外れたヤンチャクレが、ベンチャー企業を操って、エリートの巣窟たる大企業に挑む。日本でベンチャーと言うと、完全にそういうイメージになっていると思う。そこには客観的で冷静な分析とか、科学的なアプローチとか、そういうものはそぐわない。気合と根性。チキンレースに喧嘩上等なのである。

別に私は、そういうものが嫌だというわけではない。

例えば、経営者が従業員に対して「わが社はベンチャーだ」と発破をかける場合。この場合と言うのは、要するに、心構えの話をしているわけであって、ハングリー精神を忘れるなくらいの意味合いでとらえればよい。まあこれは合理性の範疇だと思う。

ただ何か、これから自分が始めるような事業についてベンチャーなのだと言われても、何となく「はあそうですか」という感じになるというか、気負った感じが若干鼻につく感じがするのである。

上記よりさらに鼻にツンと来るのが、学者先生がたの口から放たれる「ベンチャー」だ。

先生がたに語らせると、リスク選好が高く、ときに合理性を超越した意思決定をするアニマルスピリットがベンチャーを興すから、結果的に社会に破壊的イノベーションがもたらされるわけなのであって、社会の発展にはアニマルスピリットが必要だと、大体そのような事態になると相場が決まっている。

しかし、一体何が嬉しくて社会の発展などのために、我が身も省みず、アニマル呼ばわりされながら、大きなリスクを負担せねばならないのか。根本的に何かが間違っている。

気負い。陶酔。使命感。

こういうあまりに一面的な感情が、「ベンチャー」という単語には、どうにも深く、そして頑固にこびりつき過ぎている。

そこに件の便所メタファーだ。

何か、仲間内で盛り上がっていた隠語を、通りすがりの大人にいきなり見抜かれたような気まずさがあって、表面上は「老害ワロス」程度で済ませながらも、心に何か突き刺さるものを感じたわけなのである。

なぜ起業するのか

ついこの間、日経新聞で「こんな人が『ベンチャー起業家』として大成功する」という記事を見た。別に日経新聞に限らず似たような趣旨の記事は多い。内容は大体、超有名な起業家数人のエピソードを紹介しつつ、彼らの共通点を探り、起業して成功する人の像を描き出そうとするものだ。

しかし、そうした記事に紹介される特徴にすべて当てはまる人など、そういまい。当然だ。比べてる相手がビッグ過ぎるのだ。ジョブズにザッカーバーグだぞ。ベンチャーなんていう間抜けな括りが何の意味も持たないほどの、偉大なる成功者たちだ。

こういう記事は、我々に問いかけてくる。

「起業には計り知れないほどの大きなリスクがあって、限られた天才だけがそれを乗り越えることができるのです」

「お客様の中にそのような方はいらっしゃいませんか(反語)」

「額に汗して働くサラリーマンが性に合ってるんじゃないですか」


さよう。確かに起業にはリスクがある。

しかしながら実際のところは、いかなるビジネスにもリスクはつきもので、大企業のビジネスだって例外ではない。一般に大企業勤めのリスクが少なく、起業のリスクが大きいように思われているのは、要するに自己資本の厚みによるところなのである。

自己資本とは、防波堤のようなものだ。

押し寄せる事業リスクの波から、労働者や取引先を守る役目を持つ。大企業の防波堤はかなり高いから、ちょっとやそっとの事業リスクにさらされても労働者のいる場所はビクともしない。しかしながら、福島第一原発事故の教訓からも明らかな通り、完全な防備など無いのである。

起業はどうだろうか。

確かに防波堤は低い。ほとんどないと言っていいだろう。

しかし、起業の強みは、まさに「これからはじめる」という点にある。

であれば、あまり波のこない地域を端から選べばいいのだ。そうすれば、そもそも高い防波堤なぞ不要なのだから。

別に荒ぶる海にタライ船で漕ぎ出す必要はない。環境変化の小さそうな、肥沃な土壌をジックリ探せばよいではないか。


弾言、じゃなかった、断言しよう。

起業は、決して向こう見ずな冒険ではないし、限られた天才にだけ与えられた特権でもない。社会への復讐でもなければ、社会に貢献するために行わねばならないものでもない。

では、なぜ人は起業するのか。

答えは本書にもしっかりと書いてある。

それは、楽しいからだ。

気負いも陶酔も使命感も捨てて、ただ自分が楽しむための起業を考えてみよう。

「スタートアップ」という単語に、主観的な要素はない。スタートアップだからスタートアップ。客観的な事実だ。

だから、起業を身近に、そしてより「リアル」に選択肢として考える際には、確かに「ベンチャー」よりも「スタートアップ」と表現したほうがしっくり来るのである。

スタートアップに必要な基本的な知識やノウハウの要点は、本書に記されているし、肥沃な土壌ならサイバースペースにたくさんある。

みんな、笑えて、楽しいスタートアップにどんどんチャレンジしよう。

Chnpk the ただのサラリーマン

参考