バカに贈る

私は、中学まで公立です。高校は私立のいわゆる付属校というやつで、まあまあわりといいとこ(自分でいうのもナンですが)です。


大体の人はご存知と思いますが、公立の学校には、この世のすべての人種と思えるほどにいろんな人たちがいます。DQN、ヲタ、スイーツ(笑)、学歴エリート、体育(筋肉)バカ、落伍者的登校拒否児童、無駄にオドオドしてて意味もなくいじめられる人、池沼、などなど人種の坩堝っていうのはアメリカ合衆国まで行かなくても公立の学校にもあるものです。

で、大概が救いのようないほどバカです。おそらくこの状況は日本社会の縮図なんでしょう。私は上のとおり高校から私立に行ったので*1、それ以降基本的にこういう公立学校のような何の選別も経ていない集団に所属したことがないのでよくわかりませんが、中学校までのことをたまに思い出すと強くそう思います。


中学を卒業後、何人かみかけた人は、ガソリンスタンドでバイトしてたり、道端でバイクいじってたり、そのバイクで事故って死んだり、家業であるコンビニを手伝ってたりします。ご近所なので、大検に落ちたとか、引きこもりで自殺未遂とか、そういう噂も聞こえてきます。しかも街でみかけず、噂も聞かずとも幼少期をよく知っていると、なんとなく想像がついてしまうのが怖いところです。噂を聞くなりして、意外だったことは一度もないです。なぜならバカが人生の要所要所で判断を誤るのは必然だからです。

私との間に開いた差(社会的な地位、立場、それから収入など)は、もう一生埋まらないんでしょう。


今日のエントリはそういう人生の落伍者的なバカ共をいじり倒すつもり(別にそれ自体が趣旨ではありませんが。)なので、心臓の弱い人はこの辺でご遠慮下さい。


さて、散々バカバカと汚い言葉を垂れ流しておりますが、彼らのなにがそんなにバカなのでしょうか。

1.まず視野が狭い。
バカは世の中にいろいろな価値観があることを知りません。常に単一的な何かに対して妄信的なのです。当然、さまざまな価値観の礎になる本質的な価値観があることにも気が付きません。まさに「自分の手が届く範囲」のことしか知らないし、そもそも知ろうとしない。
これが横の視野です。
横の視野が狭い人は、

  • 中学に行っても、「力の強いものが勝つ」という北斗の拳的な小学校時代の慣習から抜け出せない。
  • 社会にどういった価値観があるかわからないから、他人を蹴落とすとか侮蔑することでしか自らの社会的ポジションをつくれない⇒いじめ。
  • 他人からの評判にすぐに過剰にうろたえる。
  • 手に職がすべて。←企業に仕えることも社会に仕えることも本質的に同じなのに、やたら企業に仕える人を「リーマン(笑)」呼ばわりして軽視する。
  • ほんとの恋愛したい、とか言っちゃう。すぐ真理とか言う。
  • 逃げ口上は自分探し。絶対的な自分があるはずでそれを見つけたいとか思ってる。

縦の視野もない。
縦の視野は時間軸です。自分が崇拝する価値観が時間の経過とともにどう変容していくのか。将来にわたって、自分を護ってくれるものなのか。そういうことをまったく考えようとしない。刹那的なのです。
こういう人は、

  • シンナー吸っても未来が開けないことを知らない。
  • ガソリンスタンドのバイトに出世の道があると思ってる。
  • 貨幣化できる価値を嫌うという資本主義への反抗は長い目でみて実を結ばないという事実が理解できない。
  • いま、勉強しないことによる将来的なデメリットをまったく想像できない。
  • 今楽しければいいとかいって、それで明日も明後日も楽しくなかったら意味ないじゃん。今ってのはすでに未来の一部なのに、それを拒絶する。


2.自己に対する客観的な視点がない。
バカは極端に自己中心的で、主観以外の概念が存在しません。しかも他人の主観の存在を本質的に理解しません。要は自己中ということですが、自己中心的すぎて自分と他人の区別がついてない場合もあります。
だから要は、

  • 人の話を聞かないというか聞けないというか聞いても理解できない。
  • 人のものを平気で盗む。
  • 他者の主観を認めないから、自分がやられて嫌でも、平気で他人にはする。
  • たまちゃんはかわいそうだから海に帰すべき、とかディベートで主張。それはお前の主観だろ。
  • 自分という人間は世界にたった一人で、世界もそれを認めてると本気で思ってる。
  • 自分を単なる労働力として把握することができない。自分を単に労働力としてとらえるといかに凡庸であるかということを認めない。
  • ナンバーワンよりオンリーワン。が信条。
  • 「情けは人のためならず」を誤用して、しかも言い訳に使う。
  • 自分が作った料理が自分にとってうまいというだけで、料理人気取り。もっとうまいものを作れる人がいるとかは考えない。
  • 快を以て善と為しちゃう。
  • 「遊ぶ金が欲しかった。今は反省している。」


3.なんでもすぐあきらめる。
ちょっと自分語りですが、私は勉強自体はすごく得意というか、息をするかのように自然に「デキル君」になれたのですが、実は一旦就職に挫折しそうになりかけたクチです。そこそこの大学出てこの状況はよっぽど能力的に劣るのだろうと結構落ち込んだものです。そもそも大学の入ゼミ面接とかも落ちました。居酒屋のバイトすら面接で落ちそうになったこともあります。要はいわゆる「コミュニケーション能力(笑)」みたいのが超低いんでしょう。しかしその多大な精神的なストレスから開放される唯一の手段は社会から承認されることだと思いましたから、どんな手段を使ってでもどこかに入社しようと思い、クソベンチャーでバイトをはじめたんです。ある程度の時間をかければ相手もさすがに私に対して情が沸くだろうし、仕事で知り合った人なんかも同情してくれるはずだと。
案の定いくつかの会社が私を誘ってくれ、それから徐々に自信を回復させました。いまは普通に営業的なものも出来ますし(まあ得意ではないです)、人に「昔は対人恐怖症のケがあって」とか言うと、つまらない謙遜だと思われて逆に苦笑されます。だからまあなんとかなるんですよ絶対。ピンを探したまえ(アラン:幸福論 (岩波文庫))。
ということで、バカに限って、

  • そもそも目的がわかってない。試験前になると「なんで勉強しなきゃいけないのか」とか「社会に出て役に立たない」とか言い出す。レールを歩むこと自体に意味があってそのレールがバカを振り落とすように設計されてるのがわからない。
  • すぐ失敗したからもうだめだ、とか思っちゃうからさ以後までやらない。
  • 誰かが助けてくれると思ってる。自分は誰かを助けたこともないのに。要はマザコン
  • 大多数的な価値観を否定することが「強い」と思ってる。ただ逃げてるだけなのに気が付かない。
  • 意志が弱くてすぐ流されちゃうから、なにをやっても最後までいかない。本を読み終わったことがない。
  • 無駄かどうかは自分が決めることじゃない、ということを知らない。勝手に無駄だとか判断してやめちゃう。
  • 失敗するのが怖くて投げ出しちゃう。投げ出すこと自体が最大の失敗だと気が付かない。
  • 能力が足りないとか思ってる。そんなもん実はみんな一緒だということにいつまでたっても気が付かない。
  • 自分がいかに不幸かをアピールして仕方なさを演出。不幸になりたくないなら、幸福である自分をイメージしなきゃいけないはずなのに、目先の言い訳のために幸福を犠牲にしちゃう。


まあこんな感じですかね。
最後に。こういう人ってたぶんなおらないんだと思います。だってはてなとかでうろうろしてるといい年ぶっこいて上で書いたような特徴にばっちり当てはまっちゃって、怨念垂れ流してる自業自得系低所得ワープア共っていっぱいいますからね。社会が悪い、とか言っちゃって。いや一番悪いのはお前だろ、っていう。中学にいたバカ共もあんな感じになってるんでしょう。

だから私はそういうバカには、なにかもっとましな価値観を強制的に叩き込んでやらないと、全体としていい社会にはならないと思ってます。なにがなんだかもわからないままに社会に出て、同時に社会的な弱者の地位を強制されたバカどもは虚無化し、すべての価値を否定し、暴徒と化してちゃんと生きてる人がみんな迷惑してます。
だから学校教育はたぶん「自由」や「平等」を謳ってはいけない。バカには自由は重荷ですし、平等なのは実はチャンスだけ(結果は平等じゃない)だからです。バカにはそんなことわかりません。結果が平等じゃないことを怒ってる人ほど愚かしいものはないです。

最も極端なことを言うと、「天皇は偉い。天皇の言うことだけ聞いていればいい。」とか、「金を持ってるやつが現代の神だ」とか、すごく単純化された、それでいて社会の仕組みに近い、単一的な価値観をもう無理やりにでも叩き込んで社会に送り出すべきだと思います。学校がそれをやるべきかはおいておいても(才能をつぶすリスクがすごいでかいので)、そういう訓練所みたいのがあってもいいと思います。ちゃんとしたものを信じるっていうのはやっぱり成功の秘訣です。



ということで、「おまえいじめられっ子だったろプギャー」的なコメント、お待ちしてます。

*1:と書くと、公立は悪くて私立はいいのかと脊椎反射するバカがいますが、そういうことを言いたいわけじゃないということはよく読めばわかりいます。