セクハラだからどうしたのか

タイトルは若干釣りだけれど、ふいにセクハラをわざわざ他の嫌がらせや不法行為と区別する理由は何なのと思ったので、少し調べたことをメモっておく。

セクハラの定義

まず、適当に検索して見つけたページだが、セクハラの法的な定義について、以下の記述があった。

セクハラとは、大きく説明すれば、以下の要件を満たす場合に成立します。
1.企業内や学校内等での、権力的な上下関係により行われる性的な言動
2.それにより、行為を受けた側が苦痛・不快感を伴う事(受けた側の主観を重視)
3.又は、それにより就業環境・学習環境などが悪化する事

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不快感はとりあえずおいておいて、誰かの言動がもとで他人の就業環境や学習環境が悪化すれば、それは当然立派な不法行為ではないのだろうか。一応民法の原文を引用しておくが、不法行為に該当するようなハラスメントであれば、特にセクハラという枠組みを設ける必要はないのではないの。

不法行為による損害賠償)
第七百九条  故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

民法

連合滋賀事件

受け手が不快であればセクハラとはよく言われることだが、司法の場では必ずしもそういうわけではないようだ。以下は、原告の訴えが(一部)棄却された例である。

事件の概要:原告は、被告組合は雇用における女性差別を行っていること、被告事務局長が、女性職員に対して、お茶くみ等私用を命じたり、副事務局長が職場において日常的に女性を差別する発言を繰り返していたことは環境型セクシュアルハラスメントに当たること、(中略)を主張し、(中略)提訴した。

判決要旨:被告Bは、平成4年2月28日以降、原告らに対して職務に含まれないお茶汲み等を事実上強要していたのであるが、そのことによって原告が精神的苦痛を受けたと認めることはできず、原告が主張するその余の女性差別的行為については不法行為を構成すると認めることができず、同被告が原告に退職を強要したと認めることもできないから、同被告に対する損害賠償請求は理由がない。
同被告による女性差別的発言は、同被告が「古い女は出ていってもらおか。」「(2、3年後まで原告らが)まだいるの。俺達不幸やな。」といった発言が認められるものの、原告に向けて日常的に女性差別的な発言を繰り返していたものではなく、女性一般に対して不快感を与える発言がなされていたとしても、それによって法的保護を必要とするほどの精神的苦痛を原告が受けたとは認められず、退職強要行為があったとは認められないことは前記のとおりであるから、その余の主張は認められないというべきである。

『女性一般に対して不快感を与える発言がなされていたとしても、それによって法的保護を必要とするほどの精神的苦痛を原告が受けたとは認められ』ないと。いくら下品な冗談が不愉快だろうと、不法行為とまでは言えないということのようだ。しかも、論点の中心は相応の精神的苦痛の有無や退職を強要したか否かであって、セクシャルかどうかは相当どうでもいい扱いのように見える。

静岡N.Fホテル事件

次の例は、原告側が勝訴した事例であるが、まあ見るからにアウト系。

事件の概要(抜粋):原告は被告に夕食を誘われ、上司からの申し入れということで断ることができず、この誘いに応じた。食後被告の運転する自動者で帰途についたが、被告は車内で原告に対し、「モーテルに行こうよ。裸を見せてよ。」と言い、原告が拒否したにもかかわらずモーテルの前で車を止めて原告の腰のあたりを触り「いい勉強になるから入ろう。」と執拗に誘った。原告が断り続けると、被告は「キスをさせないと車を動かさない。」と脅迫したが、原告はそれでも拒絶し続けた。(中略)原告は、被告の行為によって非常な打撃を受け、他の従業員に相談したところ、勤務先中に噂が広まって、結局職場にいたたまれなくなり昭和63年1月末に退職した。

判決要旨(抜粋):本件被告の行為は、その性質、態様、手段、方法などからいって、民法第709条の不法行為に当たることは明らかである。原告の受けた精神的苦痛の内容、とりわけ被告の加害行為の内容、態様、被告が職場の上司であるとの地位を利用して本件の機会を作ったこと、被告の一連の行動は、女性を単なる快楽、遊びの対象としか考えず、人格を持った人間として見ていないことの表れであることがうかがわれ、このことが原告にとってみれば日時が経過しても精神的苦痛、憤りが軽減されない原因となっていること等の事情を総合すれば、原告の精神的損害に対する慰謝料の額は100万円、不法行為と相当因果関係のある損害としての弁護士費用の額は10万円が相当と認める。

私の認識ではこういうのはそもそも嫌がらせというより強姦未遂ではないかと思うのだが、刑事の裁判はなされていないのだろうか。そして、このくらいあからさまなものでもやはり、セクハラだからどうしたということではない。

にしてもこれで慰謝料100万円である。相場を知らないのでなんともいえないが、感覚的には相当安い気がする。退職に追い込まれたことについては、事件との因果関係が弱いと判断されたのだろうか。

(社)日本鉄鋼連盟給料等請求事件

上記2つの事例は、解雇や精神的苦痛などの実損害を扱ったものであったが、以下のように性差によって本来得るべき対価を受領できないという、遺失利益を争う裁判もセクハラ関連として事例が多いようだ。

事件の概要(抜粋):1.女子職員の賃金について、基本給の上昇率及び一時金の支給係数並びに初任給について男女差別がなされており、同じく 2.主任への昇格についても男女差別がなされていることから、男子職員に支給した賃金との差額を支払うことなどを求めて提訴した。
判決要旨(抜粋):本件のような「男女別コース制」は従業員の募集、採用について女子に男子と均等の機会を与えないという点において、男女を差別し、法の下の平等に反しているということができるのであるが、 1.労働者の募集、採用は労働基準法3条に定める労働条件ではないこと、 2.均等法においても募集及び採用については女子に男子と均等の機会を与えることが使用者の努力義務であるとされているにとどまること、 3.従来労働者の採用については使用者は広い選択の自由を有すると考えられてきたこと等に照らし、少なくとも原告らが被告に採用された昭和44年ないし49年当時においては、使用者が職員の募集、採用について女子に男子と均等の機会を与えなかったことをもって、公の秩序に違反したとまではいえないとして、初任給格差及び業務内容の相違による賃金格差相当分の金額の支払義務は否定した。

この場合、上記2例が民法を論点としたのとは違い、「労働基準法」や「男女雇用機会均等法」が論点となっているようだ。採用者側の選択権も担保することから、(労働条件ではない)機会の遺失については規定が緩かったり、そもそも解消に向けての強制力を欠く内容であるようで、上の例は原告勝訴とは言っても、過去の賃金格差の是正までは話が及んでいないようだ。

結論(感想)

セクハラなどという名前がついているわりには、特別なことはなにもないという印象。当然といえば当然だが、損害の賠償を求めるような局面にあっては、通常の不法行為同様に被害者が具体的な損害の実態や加害者の故意や過失との因果関係を立証する必要があるようだ。

単に性的な表現を含む不愉快な事象というのは世の中に数多あるだろうが、セクハラという名前を持ち出したところで、当該事象の解決が助けられるようなことは、少なくとも法的にはなさそうだ。

セクハラという名称は知名度もあり、またセクハラかどうかの判断は受け手の不快感が優先されるという見事なアジテーションの成果もあって、不安を煽るには有効かもしれないが、具体的なリスクに繋がらない不安というのは、日常生活ならまだしも、公的な場ではかえって無視されてしまうのではないだろうか。

この法と生活の乖離とでもいうような差は、いずれどうにかして統一されたほうがいいような気がする次第。