景気対策とやらを政治に期待するのが土台無理なんだと思うよ

世の中大分ひどい感じになってきたので、たまには経済の話でも。

政治的経済対策の限界

毎度の如くDISから入るが、政府といえど国際経済的にはイチ経済主体に過ぎないわけで、その政府に対して経済的な対策を求めるというのが土台無理な話なのではないか。特に所得の再分配で景気がよくなるという話については、ただの幻想に過ぎないと思う。


まず、いまやあんまりいないとは思うものの、政府がその支出を増やせば(いわゆるバラマキをすれば)GDPも上がるし民間にカネが流れて景気が上向くはずだと思っている人がいたら言っておくが、それは間違いだ。公共事業のために国債を乱発すると、国債の需給が悪化し、金利が上昇する。金利が上昇すれば、世界的にみて円で運用する人が増えるから円高になる。日本の主要産業は輸出産業だから景気は悪化する。しかもバラマキをやめると元の木阿弥、借金以外には何も残らないと言うおまけつきである。*1

このことが何を意味するかと言えば、政府の収支であれども、国際的にみたらひとつの経済主体のそれに過ぎず、国際的な資本市場による調整が働くために、無から有を作り出すような真似は不可能だと言うことだろう。


次に、所得の再分配については、この国債の乱発を防ぐという効果はあるが、それではいくら頑張ったところで経済のパイは増えない。それどころか、生産性の高い金持ちのインセンティブを削ぐことになるわけだから、経済は縮小することになるだろう。全体が縮小してしまっては折角の再分配も台無しだ。

この所得の再分配について、私がブクマで華麗に1ゲトした『あまりに危機感のない人たち - Chikirinの日記』という記事を書いたちきりんさんはセーフティーネットというかたちで、『404 Blog Not Found:貨幣に自由を、by税務署』という記事を書いたダンコーガイさんは自由貨幣というかたちで、それぞれ論じている。言いたいことは確かにわかる。ご尤もだ。しかしセーフティーネットが整備されたところで安心感が醸成され消費が活気付くなどという保証はどこにもないし、金持ちに無理やり消費させれば確かに一旦は経済が拡大するのだろうが無理やり消費させる額を年々増やしでもしない限り拡大は持続しないだろう。

結局、経済のパイが明らかに縮小していく中では、政治がパイの切り方をどう工夫しようが、国民に安心感などと言うものは芽生えようがないし、消費が盛り上がるはずもないと思うのだがどうか。

ちなみにこう書くと、一部の人たちにすごい勢いで罵声を浴びせられる気がするので念のため言っておくと、最低限の生活保障(所得の再分配)は当然必要だ。国民の生活や安全を保証するのが国家の義務だからだ。ただこれはあくまで政治上の課題であって、経済的な効果を期待するのは難しいだろうと言う話だ。だからそれをやるなというわけではなくて、国民の生活を守るためにはやったほうがいいことは間違いないのだが、根本的な解決にはまったく繋がらないから、それはそれで別を考えないとね、ということ。ちなみにこの別の考えについても一案があるが、それはまた今度。


そもそも、政府といえど、自身の経済合理性のもとで行動するのは当然と言えば当然だろう。よく考えて欲しい。永田町の政治家や霞ヶ関の官僚だってただの人間なのだから、クビになるのは嫌だろうし、名声や高給に対して欲求がないわけがない。つまり、放っておけば自らの組織を肥大化させ、余計なポストをつくり、天下り先を確保し、居酒屋タクシーを利用する方向に向かうに決まってる。政治家や官僚だからといって、なにか特別に神の如き高潔な倫理観を期待するのは誤りというものだろう。無論政治家や官僚という職業が倫理観を要求される職業であることには間違いはないが、それはあくまで自身の職を確保し、求める名声や処遇を得るための経済合理性の範囲のなかの話だと思ったほうがいいだろう。


金融政策の話

政府ではなく中央銀行の仕事だが、フロムダさんの言うとおり、貨幣供給量をコントロールすることは確かに有効だろう。貨幣とはまさに経済の要であって、その供給量が経済に影響を及ぼさないはずはない。ただ、これも現在の未曾有の不確実性の前には、ほとんどただのギャンブルに等しいし、期待した効果があげられるかというと、私は難しいと思う


フロムダさんは、麻生内閣や小沢民主のより、はるかに強力に日本経済を立て直すと思われる政策を、中学生でも分かるように解説してみる - 分裂勘違い君劇場という記事にて、ゼロ金利政策量的緩和といわれる金融緩和をやたらわかりやすく解説している。わかりやすい代わりに少し長いので簡単に要約すると、要は日銀がカネを刷りまくって国債を買いまくれば、金利が下がって企業の設備投資や個人の住宅購入が活気付くし、円安になって輸出企業も潤って景気上昇、という話。

ただしこれは、フロムダさんもご承知の通り、インフレを意図的に起こすと言うことである。カネを刷りまくれば、カネの価値が徐々に減っていく。政府の信用たる貨幣を乱発することで、1枚辺りの信用が低下するようなイメージで結構。これに勢いがつくと、そのカネを欲しがる人は誰もいなくなり、投げ売られ(他国通貨に両替され)、カネの価値は無限にゼロに近づいていき、最後には紙切れ同然になる。国家として、中央銀行としては万に一つにも避けたい大惨事である。

この対策として、貨幣供給量のコントロールによるインフレ率の調整が、同記事内でもサクッと論じられているが、これは少なくとも言うほどには簡単では無いだろう。何故なら現在ほどの世界同時的かつ大規模な景気後退局面というのは、まったくの未経験の領域だからである。火種はいくつもある。ちょっと思いつくだけで、金融危機はいまだ収束しないし、米自動車産業も全滅の様相だ。そもそも米国の財政が度重なる公的資金導入連発で限界の域に達している。米国は日本の宗主国のようなもので、米国債の保有残高も最近中国に負けたらしいがそれまではずっと日本がトップだ。米国に何かあって日本が無事に済むはずが無い。近場では中国や北朝鮮の政治不安は常にあるし、韓国も通貨安によって瀕死の状態だ。確かに日本は対外債務も少ないし、インフレ懸念もほぼまったくない。そういう意味では比較的安全な通貨だと言えるだろう。ある程度自信を持ってリフレ政策に取り組める下地はあるかもしれない。しかしそうは言っても日本の周囲には火種しかない。さらに問題なのは、このどれもがまったく未経験な問題ばかりだということだ。この周囲で吹き上がる火柱と不確実性の荒波の中を貨幣供給量のコントロールを誤らずに乗り切れるという保証はない

米国の話になるが、いいタイミングで以下のようなニュースが出ていたので紹介しておこう。

リセッション脱却に向け、オバマ氏と議会が最大5000億ドルの資金の投入を準備するなか、バーナンキFRB議長は、金利上昇を抑制するひとつの方法として国債を購入する用意がある、と述べた。

FRB、国債購入で景気刺激策を支援も|Reuters

オバマ氏が盛大なバラマキを企画している。盛大にバラマクと、上で書いたように金利上昇につながる。上では金利上昇が通貨高を招き輸出産業を苦しめるシナリオを紹介したが、米国の場合は金利が上昇すると住宅を担保に資金を借りている個人の利払いがきつくなり、貸し倒れが一層増え、事態がさらに悪化するという喫緊の火種がある。ここで金融緩和的に中央銀行がカネをバンバン刷って、バラマキの財源たる国債を買い漁るとすると、市中にはカネがじゃぶじゃぶあふれることになり、借りたい人が減って貸したい人が増えるから、金利の低下要因となるだろう。つまり、簡単にいえばバラマキと金融緩和を平行させることで金利への影響を相殺しましょうという話。まあそうする以外ないだろう。ただし、これはインフレ懸念を払拭するものではない。同じ記事によれば、『銀行が貸し出しに消極的な態度をとっていることや、インフレ期待が高進する兆候がみられないことで、FRB当局者はリセッション脱却への努力を推進することが可能だと確信している』*2のだそうだが、こういう根拠の無い自信を見せるときほど怪しいというのは、世の中の常識ではないだろうか。後世になって、「しかし今思ってもあのときはああするしかなかったのだ」などとすっかり老け込んだバーナンキが弁解している姿が目に浮かばなくもない。


また、万が一と言っては失礼だが、この舵取りに成功したとしても、問題はインフレの懸念が台頭した段階でこの政策はやめざるを得ないという点だろう。やめざるを得ないというのは、金融緩和の実施中に、期待したような投資の増加と、さらにはそれに伴う乗数効果の好循環のサイクルが定着しなかったとしても、だ。

これは単に私の認識に過ぎないことを予め断っておくが、私はこの状況で金融緩和をいくら実施したところで、当然限定的な効果はあるのだろうが、根本的に投資の増加につながるとは思えない。将来の不確実性に備え貯蓄に励むのが関の山だろう。何故なら、それだけの投資に見合う需要の増加がまったく見込めないからだ。この理由は次章でもう少し詳しく述べてみたい。

需要創造の必要性

何故いま経済の根幹たる投資が冷え込んでいるかといえば、かつてない規模で信用が収縮しているからだ。投資対象の信用が失われ、世の中の投資先が一気に激減している状況だ。これを根本的に解決するには、新たな需要(⇒投資先)を創造する他ないだろう。


一番有名なのは米国のサブプライムローンの問題だと思うので、まずはそれに従って説明する。単純化するためにいくつか前提をおくと、まず世界的な資金の量は問題発生の前後で変わっていないとする。そして、サブプライム層における住宅を買いたいという潜在的な需要自体も変化はないとしよう。では問題発生の前後で何がそこまで劇的に変化したか。それは需要側、つまりサブプライム層の信用だ。問題発生以前において、彼らの信用はいくつかの方法で大幅に補強されていた。そのうちのひとつが土地価格の上昇であり、ふたつめは証券化商品によるファイナンス手法(リスクのデジタル化)、みっつめが流動性である。このあたりは私が以前に書いた『投資銀行とは何だったのか - よそ行きの妄想』という記事内で比較的わかりやすく説明したつもりなので、ご参照いただきたい。

今回起こったことは、これらの信用を補強する仕組みのほぼすべてが、ただの虚構だったことが発覚し、まったく投資に値する信用がなくなってしまったということだ。そしてこれと同様のことが実に世界中で起こっており、その最たるものが米国そのものだという説もある。米国というのは長いこと世界一の消費大国で、世界中からものを輸入してはガンガン消費していた。その証拠に貿易収支は万年大赤字だ。その大赤字を何で補っていたかというと、米国債の発行を含む、海外からの投資である。海外からの投資を募る仕掛けはふたつある。ひとつが米国が現に世界の覇権国家であり、ドルは基軸通貨だという事実。もうひとつは、米国経済のミクロの優位性だ。前者は読んで字の如くだが、後者について少し説明すると、つまり米国経済は高度に発展した自由主義のもと、効率的な生産と、絶え間ないイノベーション、世界でもっとも高度な金融技術を実現しており、魅力的な投資対象が絶えることがなく、経済は発展を続けるから、米国の将来は安泰だ、というフロムダさんあたりがすっかり取り付かれている(ように見える)あのイメージである。このイメージは確かに事実に基づく部分が多いが、最後の方でミクロの論点がマクロの論点にすり替わっているところがポイントだ。米国はずっと、こうしてマクロの脆弱性をミクロの優位性でごまかし、世界中から資金を募っていたという構造だ。

ちなみにこの構造は、ライブドアの最盛期におけるその成長の原動力の仕掛けと結構等しい。どういうことか。ライブドアという会社は、基本的に本業のインターネットビジネスは赤字だったのだが、それを自社の時価総額の極大化で補っていたのだ。わかりやすく言うと、資本の増加を損益に付け替えて、黒字決算を演出(方法論が法的にグレーなので、粉飾という言葉は避ける。)していた。タネを明かせば簡単なことだ。株式百分割や話題性のあるM&Aを繰り返すことで時価総額を吊り上げる一方で、ライブドア株式に投資するファンドに投資をすることで、自社株式の価格上昇の恩恵を受けていたというわけだ。*3

少し話が逸れたが、とにかく世界中で、上で虚構と表現したような「余分な」信用が一気に収縮したことで、「余分な」投資先がまったくなくなってしまったわけだ。するとこの「余分な」投資によって資金を調達していた人の「余分な」需要もまた、ごっそりなくなってしまう。そうして世界はいまや深刻な需要不足に陥ろうとしているのだと認識している。要はモノが売れませんということ。モノが売れないと、モノの価値は下がり、相対的にカネの価値は上がる。こうした状況を指して、デフレ懸念デフレ懸念とあちこちで言われているのだろう。

で、だ。そのデフレ懸念が、いわゆるインフレ誘導のような資金供給量のコントロールで何とかなるものだろうか。いくら金利を下げて投資を促したところで、モノが売れる目算が立たないなかで、投資など行われるはずもないのではないだろうか。当然、こうした金融緩和的な取り組みも、必要だ。ただし、根本的な解決を考えるにあたっては、財政出動(バラマキ)や金融緩和だけで何とかしようと考えるのは少し浅はかなのではないの、というのが私の見解。


と、書いている途中に、池田信夫先生がちょっと似たような感じのことを書いているのを見つけたので紹介しておきたい。とりあえず結論部分だけ引用。

だから今こそ日本は、この不況を「リフレ政策」でごまかすのではなく、産業構造の転換に取り組むべきだ。

近隣窮乏化の誘惑 - 池田信夫 blog(旧館)

同記事のブックマークコメントなどを見ると同記事に対しては批判の声も大きいようだが、それはおそらくインフレ時とデフレ時の「金融政策」を混同するなという趣旨だろう。私が思う同記事の趣旨は、急場しのぎの「金融政策」や「財政出動」だけに固執することなく、根本的な「実体経済」の改革に取り組むべきだということだと理解した。

であればまさにおっしゃるとおりで、私も、いま着目すべきは「実体経済」以外にはないだろうという理解だ。



さて、本当はこの後に続けて『実体経済に着目して新たな需要を創造する方法論』と、上で置き去りにした問題である『望ましい富の再分配の方法論』を書く予定だったのだが、ちょっと長くなったのでまた今度。
このエントリーが1000users以上行ったら発表します。*4
嘘。来週中くらいには。



■追記

id:arrack その「簡単ではないこと」に日本以外の中央銀行はおこなっている件について。日本銀行(日本人)はそこまで能力なしの集団なのか?私はそう思いたくない。

はてなブックマーク - 景気対策とやらを政治に期待するのが土台無理なんだと思うよ - よそ行きの妄想

私もそんなことは思いたくないし、思ってもない。たぶん、いま世界で一番余裕があるのが日本なんじゃないか。欧米のように金融機関が次々と吹っ飛んでいくわけでもないし、自動車が悪いと言ってもまだ黒字だ。マクロで見ても国債の発行残高こそ1000兆円に迫る勢いだけれども、対外債務はほとんどない。

こんな状況の日本が、慌てて不確実性のなかを漕ぎ出す必要はないと思う。不確実性に対処する最良の方法は、可能な限り多くのオプションを持つということだ。焦って金利をゼロになどしたら将来の選択肢がひとつ減ることになる。いまはとりあえずじっとしていろいろな火種の状況を冷静に観察するというのが正解ではないだろうか。

むしろ危険なのが、しびれを切らしたバカな政治家が選挙対策と銘打って無駄なカネのバラマキをはじめてしまうことだろう。そうなると、上に書いた米国のように、中央銀行による国債の大量受け入れに踏み切らざるを得なくなる。

*1:[http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/bb3d198e9beea42e6b42268d57028a98:title]参照。

*2:[http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-35252520081204?feedType=RSS&feedName=topNews:title=FRB、国債購入で景気刺激策を支援も|Reuters]から引用。

*3:ところで、このファンドがライブドアの支配下なのであれば、これは不正会計である。自社株の売却益は会計上損益には含まれ得ないからだ。ところが、このファンドが完全な支配下とはいえない場合、この行いは特に法的な問題は有さないことになる。このあたりの問題は一連の捜査段階でも散々争点になったようだが、最終的な起訴事実が、より単純な子会社への架空発注だったところを見ると、立件は難しかったのではないか。

*4:『[http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20081204/1228359264:title:bookmark]』からインスパイアー