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橋下知事が女子高生を泣かせた事件で、id:y_arimさんは何をそんなに怒っているのかが少し気になる

はてブを巡回していたら、突出した怒気が目を引いた。id:y_arimさんだった。

元の記事はこちら。


ちなみに、最初に言っておくと、橋下知事のバカさ加減については最近薄々私も感づいてきており、反橋下という意味では少なからず同意はできるかもしれない。例えば、上の記事から抜粋すると。

高校生が「大阪の財政を良くすることは、わたしたちが苦しむことなんですか?」、「ちゃんと税金取っているなら、教育、医療、福祉に使うべきです。アメリカ軍とかに使ってる金の余裕があるのなら、ちゃんとこっち(教育)に金を回すべきです」と涙ながらに訴えると、橋下知事は「じゃあ、あなたが政治家になってそういう活動をやってください」と切り捨てた。

まったく議論になっていないし、その原因のうちすべてが橋下知事の側にある。「じゃあ、あなたが〜」という主張をするのには、そもそも相手の意見を聞く必要すらない。すべての議論に「打ち勝てる」魔法のセリフである。どっちが子供だ。あほか。しかもこのやり取りについての橋下知事のスタンスは、

単なる子どもたちのたわ言みたいにならないように、僕もかなり厳しくそこは反論していくので、そこはしっかり、きょうは議論したいと思います

らしい。たわ言はおのれじゃ、という話である(ただし下で述べるがこのスタンス自体については私は肯定的に捉えている)。健全な議論を目指して上のような応答を本気でしていたというのが真実なら、橋下知事の脳には重大な欠陥があるとしか思えないし、議論と子供の喧嘩の区別がつかないならあまりにも幼稚だ。いずれにしてもそんな人に権力を委ねるのは市民として不利益なので、即刻クビにしたほうがいような気はする。


で、まあ本題はタイトルの通りなんだけれども、この件に関するy_arimさんの方々でのブコメを抜粋すると。

[news][education][これはひどい][NKVD大阪支部][内務人民委員][橋下徹][くたばれ]自身の行ないを正当化する根拠に「今の世の中」を持ち出すやつは毛の一本ほども信用するに値しない、とガイアが俺に囁いている(はてなブックマーク - 橋下知事、生徒にマジ反論 「私学はあなたが選んだ」
子供に無力感味わわせる論を用いた時点で橋下「知事」は論外。死ね。(はてなブックマーク - 橋下知事、女子高生を泣かす…意見交換でマジ反論 - 社会:ZAKZAK
だからなんで高校生に政治的主体性を認めないのかと。教育問題の当事者(なんせ中学出たら自己責任が原則らしいからな)だし、あと五年もせずに選挙権得るんだぞ。どんだけ舐めたこと言ってんだ?(はてなブックマーク - 橋下知事「日本は自己責任が原則」…私学助成の不安を訴える女子高生を泣かす - dj19の日記
橋下のように苦学しろってのは「例外の常態化」だ。馬鹿どもが(はてなブックマーク - 痛いニュース(ノ∀`):橋下知事、高校生相手にマジ反論。“自己責任”に女子高生号泣…私学助成削減めぐる意見交換会
(elasticaさんの『どう考えても、「公立にも入れないようなオツムの子が高校に行かないとその後の人生不利になる」世の中の方が可笑しいと思うんだけど、サヨクの人はそっちの世直しはしてくれんのかねえ。』というブコメに対して)その台詞はまさに橋下に言うべき。社会の現状を「これが現実」と擁護しつつ「馬鹿は高校行かんでいい」とぬかす統治者など万死に値する(はてなブックマーク - はてなブックマーク - 橋下知事「日本は自己責任が原則」…私学助成の不安を訴える女子高生を泣かす - dj19の日記

死とか馬鹿とかいっぱい出てくる。どう見ても怒っていらっしゃる。何をそこまで、と思った。


自身の行いを正当化するために「今の世の中」を持ち出すこと、または社会の現状を擁護していることに怒っているのだろうか?
だとすればその怒りは下の引用に端を発するものだろう。

そして、橋下知事は高校生たちに「皆さんが完全に保護されるのは義務教育まで。高校になったらもう、そこから壁が始まってくる。大学になったらもう定員。社会人になっても定員。先生だって、定員をくぐり抜けてきているんですよ。それが世の中の仕組み」と社会の厳しさについて語った。
この発言に、高校生から「世の中の仕組みがおかしいんじゃないですか?」と意見が出ると、橋下知事は「僕はおかしいとは思わない。やっぱり16(歳)からは壁にぶつかって、ぶつかって」と反論、「そこで倒れた子には?」との質問には、「最後のところを救うのが今の世の中。生活保護制度がちゃんとある」、「今の世の中は、自己責任がまず原則ですよ。誰も救ってくれない」と語った。

もし橋下知事の発言の趣旨が「今の世の中はこういう世の中なんだから、みんなあきらめよう!」ということなら、私もそれはおかしいと思う。怒るかもしれない。統治者の仕事のひとつは、世の中をよりよいものに変えていくことだと思うからだ。にもかかわらず、今の世の中という縛りに隷属しているようでは本末転倒であって、統治者失格と思える。しかし橋下知事はこうも言っている。「僕はおかしいとは思わない。」と。つまりここから読み取るべきは、橋下知事が現在の世の中と同一かまたは類似の、少なくとも延長線上にある世の中に理想を見ている可能性である。そうであれば、まさにy_arimさんが『なんで高校生に政治的主体性を認めないのか』と言うのとまったく同じ理由で、橋下知事に政治的主体性を認めない理由はまったくないと思う。ちなみに私も、自己責任の原則によった市場経済の実現とセーフティーネットの整備という方向性自体は、消去法的にではあるが指示する。


子供に無力感を味わわせる論を用いた時点で橋下「知事」は論外だから怒っているのだろうか?
まさか高校生は思春期で傷つきやすいから、腫れ物に触るようにしろと言いたいわけでもあるまい。子供たちに夢と希望を与えるのが「知事」の仕事だということなのだろうか。であるから、変わらない「現実」を突きつけて、力でねじ伏せて、押さえつけ、絶望させるのは論外?しかし、上の記事を読むに、

議論を終えた生徒たちは(中略)「勉強せなあかん。負けてたらあかんで。悔しいからな、勉強していろんなこと知らなきゃあかん」と語り合っていた。

らしい。この結果、即ち子供たちの向上心が喚起されたのであれば、それは望ましいことなのではないか。橋下知事による「本気の議論」がすべからくこうした結果を招いたのだとすれば、その稚拙さはともかくとして、無力感を味わわせないなどの気遣いよりも本気度を優先するというスタンスは、必ずしも批判の対象になるべきものではないと私は思った。


苦学しろという「例外の常態化」を唱え、「馬鹿は高校行かんでいい」という主張に怒っているのだろうか?
これについては、そもそもどの部分に関連しているのかがよくわからないが、公立ではなくて私学を選択して、教育費の負担に苦しむことが苦学なのだろうか?馬鹿でもなんでも全員行きたい人は高校に行けるようになればいいのだろうか?私の認識ではそこまで勉強に意欲のある人がその機会を奪われるほどに競争は厳しくないし、世の中も不寛容ではないと思う。そんなことより、elasticaさんが言うように、勉強に対する意欲があろうがなかろうが、少なくとも高校、できれば大学まで卒業しないと、バカがロクな仕事に就けないという世の中の仕組み、もっと言えばロクな仕事に就かないと自分の欲望が満たせないという風潮こそが問題だろう。

そしてこの問題は、y_arimさんが言うように橋下知事なりの権力が解決しなくてはならない問題だろうか?
私は違うと思う。もし、まともな職に就けないことによって生存権すら脅かされる、即ち食欲などの基本的な欲求すら満たされないという状況であれば、基本的に憲法の拘束のもとで権力はこれを保護すべきと思う。それを保護してこその権力だ。しかし私の認識ではまともな職と生存権はまったくリンクしない。ネカフェ難民なんていうお洒落な単語が市民権を得ているのは、まともな職に就けないことの深刻さが生死にかかわるほどの問題ではないことをよくあらわしているように思う。餓死しなければいいなんていうのは強者による弱者切捨ての暴論だなどとまた言われそうだが、そうは言っても消費的な欲望のようなきりのないものまで面倒を見る余裕はどこにもない。これは現状の話ではなくて、すべての人間の欲望が十分に満たされた状態というのは未来永劫間違いなく訪れない。それこそ全人類をマトリックス的なカプセルにぶち込んで終わらない夢のなかに逝くしかない。であれば、権力として「最低限の保障」というスタンスをとることは、これはもう本質的に仕方がない。

この、例えば消費的な欲望のような終わりのない欲望における非充足の問題は、突き詰めれば如何に生きるかという話であって、我々個人の側でこそ十分に考えるべき問題だと思う。如何に生きるかという問いの答えを社会や国家に求めるようでは、それこそ[人の姿をした豚]だ。家畜のようなものだ。我々がその答えを自らのなかに見つけることが出来てはじめて、社会は強化されるし、国家は強化される。それもせずにクレクレ言っても、無理ですという話にしかならないだろう。


結論として、私にはy_arimさんの怒りが至極当然のもののようには思えなかった。ではその主張は何かを考えるにあたって、当然私はy_arimさんのテクストをすべて読んだわけでもコンテクストを理解しているわけでもないのですべては私の勘違いと誤読のたま物という可能性が一番高いわけだが、とりあえずそれには目を瞑るとすると、ひとつの可能性が浮かび上がる。実はy_arimさんは別に怒っているわけではなくて、橋下知事の背後に見え隠れするネオリベ的なイデオロギーを批判しているに過ぎないという可能性だ。しかしその場合は、y_arimさんの発言は、レトリカルな罵倒表現でもって客観的かつメタ的な視座を装った純粋サヨク的イデオロギーのプロパガンダということになるのではないか。まあそれはそれで当然結構なわけだが、もし無自覚にそれをやっているのであれば少し残念かもしれない。