電子商取引市場の伸びしろとCDS

少し前、TechCrunchの「インターネット販売でAmazonを出し抜くには 」というエントリーが注目を集めていた。内容は題名の通りで、電子商取引の分野でamazonを上回るためにはどういった戦略があるかということを考察するエントリーである。

新しいマーケットプレイスの創造

当該エントリーには、いくつか仮説が提示されていたが、私がもっとも共感したのは以下。

再販業者にならず、買い手と売り手のためのマーケットプレイスを作る。Etsy、eBay、IronPlanet、Copart、Elanceなどは、ネットワーク効果を守るための技巧に特化することによって、優れた価値を生み出した。この分野はまだまだ伸び代を残しており、ベイビーシッターからピアノのレッスンまで、待望されているマーケットプレイスはたくさんある。最高のマーケットプレイスは、頻繁に購入される商品で、さまざまな種類の売り手が豊富にいて、やりとりの繰り返しが少ない、という傾向にある。

インターネット販売でAmazonを出し抜くには | TechCrunch Japan

例えばヤフオクのような個人や小規模事業者が参加するマーケットプレイスで、CDSのようなデリバティブを流通させたら、取引は相当盛り上がり「Amazonを出し抜く」ことも夢ではないのではないかと思っている。

順に説明しよう。

CDSとはなにか

CDSというのはCredit Default Swapの略称で、よく保険のようなものと説明される。

例えばあなたが、ソフトバンクの発行する年利5%の債券を1億円分保有しているとする。年利5%だから、毎年500万円の金利が支払われる。CDSというのは、この500万円の金利のうち400万円を保証料として毎年支払う代わりに、ソフトバンクが万が一倒産した時に1億円の補償を受けられるという取引を指す。CDSの買い手(保証料を支払って保証を受ける側)は金利収入の大部分を失うが、もしものときにも損失が補てんされるという安心感を得ることができる。一方CDSの売り手(保証料を受け取って保証する側)は、万が一のことがあったときには多額の負債を負うことになるが、手持ちの資金を一切使わず、債権を保有することもなく、多額の保証料収入を得ることができる。

ここまでは確かに保険によく似ているが、CDSが保険とおおきく異なるのは、CDSの買い手は必ずしも保証の対象となる債券なりを保有しているとは限らないということである。ご理解いただけるだろうか。上の例で言うと、CDSの買い手は毎年400万円の保証料を支払うが、ソフトバンクの債券を保有しているわけではないので、400万円は完全な持ち出しである。何故そんなことをするかというと、ソフトバンクがデフォルトすると予想しているからだ。予想通りソフトバンクがデフォルトした暁には、数百万から数千万円程度の保証料に対して1億円の支払いを受けることができることになるわけだから、多額の収益を計上することができる。

これは保険というより、ただの博打である。ソフトバンクのデフォルトリスクを対象に、単に賭け事をしているに過ぎない。

利害関係者以外のものによるこの博打まがいの取引は、長らく法律で禁止されてきたが、2000年に米で商品先物取引現代化法が成立し、合法化された。以降CDSの取引市場は拡大の一途を辿り、2001年には8億ドルだった市場規模は、2006年にはなんと26兆ドルに達したという。

無限に膨らむバブル

CDSの最大の特徴は、販売量に上限がないということだ。何度も例に出して申し訳ないが、例えばソフトバンクの債券は、当然のことながら、販売量に限りがある。ソフトバンクが発行した総量以上にそれを売ることはできない。ところが、ソフトバンクの債券に関する博打であれば話は別だ。ソフトバンクの債券がデフォルトすると思う人と、デフォルトしないという人がいる限り、何百兆だろうが賭けは成立するのだ。

サブプライムローン債券を加工してつくられたAAA格の証券化商品に関するCDSを大量に購入し、実際にそれが相次いでデフォルトした際に莫大な富を築いた投資家スティーヴ・アイズマンは、CDSとは何なのか、いったい誰がこんなものを売っているのかを初めて理解した時の感想を、次のように語っている。

「連中は、不適格な借り手を大勢見つけて、不相応な家を買わせるために金を貸しつけるだけじゃ、飽き足りなかった。コピーで製品を捏造してた。百回も繰り返して!だから金融システムの被害は、サブプライム・ローンだけの損失よりはるかに大きなものになったわけだ。」
−世紀の空売り 第六章|遭遇のラスヴェガス P.218

当時住宅ローン債権の証券化商品は、その高い格付けを背景に飛ぶように売れていたから、住宅ローンの新規貸し付けは怒涛の勢いで行われ、終には十分な返済能力を有さない貧困層にまで貸し付け先が拡大された。当時は証券化すれば何でも売れたから、債務者の与信など関係なかったのである。そして、貧困層にまで貸し付け対象を広げてもなお、潤沢過ぎる投資マネーを消化しきれなくなったとき、CDSが売られたのだった。投資家は、同証券化商品に関するCDSを売ることで、当該証券化商品と同程度のリスク負担で、同程度の金利収入を得ることができた。まさにコピー製品である。そしてCDS取引の相手方として重宝されたのが、上であげたアイズマンのような、サブプライム証券化商品のデフォルトに賭けていた一部の投資家たちだった。

電子商取引市場への応用

以上でCDSの何たるかをご理解いただけたならば、これが簡単に現物商品を取引するマーケットプレイスにも応用できるということがわかるだろうと思う。例えばソニーの新型PSPが品薄で価格が吊り上ると考える人と、人気は限定的で価格はすぐに下がると考える人が賭けをすればよい。これによって取引は莫大に膨れ上がるのではないかと予想する。

これは何も生み出さない単なるゼロサムの博打だろうか。私はそうでもないと考える。かたちはどうあれ、市場参加者が商品の値下がりに賭けることができるようになることによって、価格形成が効率化する可能性は否定できないのではないだろうか。

以前紹介した通り、現状においてもヤフオクのようなマーケットプレイスを根城にして、商品に対する需要とはかけ離れたところで裁定取引のようなことをしている転売屋と言われる輩は厳然と存在している。ところがこの取引市場は買いからしか入れないから、商品の価格は高騰するばかりで実に迷惑でなのである。

もしヤフオクのようなマーケットプレイスにCDSのようなものを導入し、かつその取引価格を実物価格とうまくリンクさせる仕組みをつくることができれば、転売屋にいまよりも値下がりのリスクを負わせることが可能になるかもしれない。また、転売屋から高値で商品を買っても同時にCDSを購入し、商品が値下がりした時に利益を出すという使い方もできるかもしれない。CDSを売るのは商品を仕入れ損なったノロマな転売屋だとすれば、全体で見れば最初に転売屋に支払ったプレミアムを取り返すことに成功している。

こうした諸々の取引の拡大によって、より短い期間で適正な価格への調整ができるようになる可能性があるのではないかと私は思っている。