素人相手にいくら積極的に情報開示しても時間の無駄

先週の東日本大震災の影響で、福島の原子力発電所においては、緊急停止後の非常用電源系統の誤作動からはじまり、建屋の爆発や火災などが相次ぎ、炉心の溶融や核廃棄物の再臨界などが懸念されるなど、危機的な状況が続いている。震災から約1週間がたった19日未明、懸案の発電施設が外部からの電源を確保したとのことで、適宜原子炉の冷却が遂行される予定ではあるものの、まだ予断を許さない状況である。

一般市民に必要なものは本当に情報なのか

こうした状況を受け、巷では放射能漏えいの可能性や人体への影響について、考えうる限りのデマや憶測が飛び交っているが、いずれも真偽の区別は困難で、多くの人がパニック状態に陥っている。

人々がパニックに陥るのは情報がないからだということで、一部では東京電力や政府の情報開示姿勢を批判し、より正確な情報をより積極的に開示すべしと主張する向きがあるが、私はこれは違うのではないかなと思っている。

正直なところ、私程度の知識水準の者が緊急停止後の炉心冷却用の非常用電源に異常などという情報を積極的に開示されても、「普通に常用の電源で動かせばいいじゃん」としか思わないし、核廃棄物のプールの水位が低下と言われても「水、足せばいいじゃん」としか思わない。少しでも専門的な用語を使われようものなら完全にお手上げで、シーベルト(Sv)とグレイ(Gy)の違いすらイマイチ理解できない。

今回の事件が起きるまで原発について真剣に考えたこともなければ、真面目に勉強したこともないような人間が、いくらにわか知識で体裁を整えたところで限界があることは明らかであるから、人によって程度の差はあるのだろうが、大半の人は私と概ね同じくらいの知識水準ではないかと推察している。

そういう人に理解できるのは、以下の、まるで幼児にでも向けたかのようなウンチとオナラの例え話程度のものであるというのが、悲しい現実だろう。

リテラシーの問題と情報開示のコスト

上記のような情報開示をめぐる問題は、何も今回のような危機的な状況に限ったものではなく、常に存在している。

例えば金融庁は、「貯蓄から投資へ」という意図不明の謎のキャンペーンのもと、個人投資家の市場参加を促すべく、上場企業に対して積極的な情報開示を義務付けてきた。結果として、上場企業各社は四半期ごとに自社について膨大な情報を調査し、まとめ上げたうえで、積極的に開示している。また、取引所も企業に対して株価に影響を与えるような重大な事実が決定したら、投資家に対して即座に開示することを求めている。

では、そうして情報開示を受けた個人投資家がそれらを有効に活用しているかというと、実に怪しいものがあるのだ。開示情報を読み解くには少なくとも会計の知識が必須だし、読み解いた情報をもとに株式価値を試算するには少なくともファイナンスの知識が必須である。例えば資本コストとはどういうものか、ざっくりとでも説明できる人は一体世の中に何人いるのだろうか。

証券会社に勤めていると、そもそもPERなどの最低限の指標すら知らないで株式投資をしている人がいかに多いかがわかる。数年前、IT系という看板を掲げているだけで中身は何もない会社群が個人投資家の人気を集めていたが、あの現象こそ個人投資家が株価を雰囲気だけで判断していることの証左だろう。足りないのは企業側の情報開示ではなく、投資家側のリテラシーなのだ。

他方、企業側は厳格な開示義務を果たすべく、体制構築に多大なコストをかけている。四半期ごとの決算を30日後なり45日後なりに開示しようとすると、それなりに大量の人的リソースを要するからだ。当然会社の規模によって異なるけれど、開示義務に対応するためのコストとして、年間数億円程度は投じる必要がある。

これは社会全体として見たときに、実に無駄の多いシステムである。多額のコストをかけることで情報の非対象性がきちんと解消されているのであればまだしも、開示を受ける側のリテラシーの不足から、かなり無駄なコストと呼んで差し支えない状況となっている。高度に複雑化した現代社会にあっては、ある分野における専門的な情報を門外漢にもわかりやすく発信するためには、コストが高くつき過ぎるのである。

専門家の中から信頼できる「エージェント」を見つけるしかない

こうした無駄を社会から取り除くためには、情報の一次取得者を高いリテラシーを持った一部の人間に限定し、その一部の人間が、他の一般市民の代理として、責任を持って当該情報を分析し判断を下すという方法がある。

「高いリテラシーを持った一部の人間」は、多くの場合エージェントと呼ばれる。上述の金融市場の例で言えば、エージェントは、銀行や投資信託の運用会社(ファンド)だ。一般市民の余剰資金を預かり、資産運用を代行する業者である。

問題となり得るのは、エージェントが自らの優越的な立場を濫用して顧客を騙す可能性だが、一般市民がエージェントを複数の候補から自由に選択できるようにし、エージェント間で競争原理を働かせることで、ある程度の問題は解決することができる。そうすることで、我々はエージェントが自らの立場を貶めるようなマネはしないだろうという判断ができるようになる。

原発の問題も同じで、一般市民に必要なのは、「積極的な情報開示」というよりは「適切な(避難)指示」である。しっかりした一次情報情報をもとに、どのあたりまで被害が及ぶ可能性があるかを市民に代わって分析し、分析した結果を冷静に伝えてくれるいくつかの「エージェント」こそが必要なのだ。小難しくて理解不能な情報や「車のナンバーが読み取れるほど鮮明」なリアルタイムの映像などを積極的に浴びせかけても、一般市民のパニックは加速するだけである。


当然のことながら、エージェントの選定は慎重に行われるべきで、例えばテレビ局など、いわゆるジャーナリストがそうした役割を担えればそれに越したことはないと思われるが、日本のテレビ局には視聴率以外の分野に関する専門家が皆無で、原発の状況を伝えるにしてもどうしても煽り偏重になってしまい、内容がついてこないのが悔やまれる。

また、どこの馬の骨か知らないが、学部卒程度の知識で「ぼくちん原発にはすっごく詳しんだからな」などと公言して憚らない恥知らずなド素人もいるが、東京電力も多少怒鳴られたくらいで、こういう輩に余計な情報を開示するべきではない。

こういうド素人に過剰な情報を与えるから、ヘリコプターから放水というまるで二階から目薬のような奇抜な策を検討させられる破目になるし、意に反して東日本はつぶれるなどというデマを言い触らされ、世間のパニックに拍車をかけてしまうことにもつながる。

先日、米国の駐日大使が、原発の半径80キロ以内にいる米国人に避難するよう勧告したとのことなので、近隣の皆様においてはこうした避難勧告等に十分に注意深くなっていただき、慌てず行動していただきたいものである。